2026.11.03 [イベントレポート]
ユー・ジンピン×芦澤明子、東アジアを代表する女性撮影監督が対談 キャリアと仕事への向き合い方、若い世代へのメッセージ

第39回東京国際映画祭で、女性の作り手にフォーカスしたトーク企画「ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ”」が11月3日開催された。ゲストとして台湾の撮影監督ユー・ジンピン(余靜萍)氏が来日、日本の女性撮影監督の第一人者である芦澤明子氏と対談した。

まずは、今年で3回目を迎える同トークイベントについて、司会の近藤香南子氏(第39回東京国際映画祭プログラミンググループ)が、「監督以外の“カメラの後ろの女性たち”にフォーカスしたいという観点から、女性の撮影者を招きました」と、ゲストを紹介。そして、「映画制作において、撮影という役職はクリエイティビティの面で大きな役割を果たします。しかし、かつてのフィルム撮影の時代は、重たい機材を使って撮影していました。その当時は重労働であったこともあり、撮影所の体制としても女性の参入がなかなか進まなかった分野でした。2000年代、フィルムからデジタルへと移行した頃から、女性の撮影者や撮影監督も増加し、現在は撮影現場の多くを女性が占める光景も増え、こうしたメディアの変遷や社会の移り変わりに向き合いながら、映画撮影を通じて表現を積み重ねてきた」とユー氏、芦澤氏が経てきた背景を解説した。

▼ユー・ジンピンのキャリア

ユー氏は台湾のチェン・ホンイー監督やトム・リン監督、香港のデレク・ツァン監督らの作品を手掛け、2020年には『少年の君』で、香港版アカデミー賞である香港電影金像奨の最優秀撮影賞を女性として初めて受賞。2023年には、『金魚の記憶』(邦題)で、台湾版アカデミー賞の金馬奨で、60年の歴史において女性として初の最優秀撮影賞受賞という快挙を成し遂げた。台湾・香港地域の主要な映画賞ですべての最優秀撮影賞を受賞している唯一の女性撮影監督だ。

美術から写真の道へ進み、ファッション写真やミュージックビデオ、広告のカメラマンなどを経験し、2000年代から長編映画撮影の仕事を開始したユー氏。師匠であるCM監督にアングルを変えて撮影する現場へ招かれたことをきっかけに、映像表現の面白さに目覚めたことが本格的な映画撮影のキャリアのスタートだったと話す。

「とても好きな映画」だという、クシシュトフ・キエシロフスキ監督の『トリコロール 青の愛』を自宅で繰り返し鑑賞し、シーンごとにショットがどう変わり、一つ一つのショットにどんな意味を持つのかを研究、撮影し、写真を床に並べて独学で研究した振り返る。「雑誌の写真にもストーリーがあるように、映像にも独自の魅力と物語がある」と気づいたことが、映画撮影の道へ進む大きなきっかけとなったと明かす。

▼ユー氏が現場で重視すること 徹底的な準備と臨機応変さ

映画制作の3つのプロセス(準備・撮影・仕上げ)のうち、ユー氏が最も重視するのは「準備段階」における脚本の構造理解と、監督の心を理解することだという。第28回台北電影祭の最優秀撮影賞を受賞した、台湾の俳優スー・チー(舒淇)の長編初監督作『女孩(Girl/女の子)』で、「初稿は詩のような、監督の感じることがそのまま書かれた状態でした。その後、撮影に向けて完全な形にブラッシュアップされましたが、第1稿には監督が一番描きたいことの基礎が詰まっています。だからこそ、できるだけ監督の心の内に近づこうと、第1稿を大切に読み込みました」と振り返る。

また、撮影にあたっては機材やレンズの選定、LUT(ルックアップテーブル)の作成などを周到に行い、撮影前に監督やスタッフと8割ほどの共通認識を持つことを大切にし、現場では「時間との競争」に向き合う。「それぞれの映画にそれぞれの運命があると思っています。台湾では準備期間が限られていることも多く、受動的な状態で監督とともにタイミングを待つこともあります。一方で、香港や中国の監督と仕事をする時は、もっとたくさんの準備をして現場に臨むこともあります。やり方は違っても、そこで直面する「時間との競争」というチャレンジはどの現場でも同じです。現場ではすごくスピーディーに、環境や状況に対して鋭敏に反応して撮っていく訓練を重ねてきました。パッとカメラを手にしたらすぐに撮り出せるような、張り詰めた状態で臨むようにしています」

手持ち撮影が高く評価されるが、役者と近い距離で関わった経験から「役者が何に不安を感じ、何を心配しているのか」が分かるようになったそう。それ以来、役者に近い距離にいる存在として、その関係性を大切にするようになり、自分のスタイルというよりは、現場でのこうした関係性の中で近いショットが生まれていったそう。

▼フィルムからデジタル、そしてAIへ、時代の変化と女性撮影監督

フィルムからデジタル、そしてAIへ移行、時代の流れの中で実績を積み上げてきたユー氏。「私も変化を経験してきました。その中で大切なのはオープンマインドと包摂的であることだと思います」と振り返り、「もう一つ大事なのは、自分の能力をちゃんと知ることです。映画に関わる職業はジェンダーに関わらず、自分が何ができて、どのような態度で映画に何を与えられるかを知ることが大切。テクノロジーが発展して誰もが映像に触れられる今、自分を見失わないためにも、世界に対して開かれていることが大事です」と強調する。

台湾の撮影現場における女性スタッフの割合については、機材の軽量化や情報の増加によって確かに増えてきているものの、「技術の分野ではまだ十分とは言えない」と指摘。「一人ひとりが業界に貢献し、自分を理解した上で、これまで表現されてこなかった繊細な視点を提供していくことです。それによってマーケットも多層化し、より多くの観客を惹きつけることができると思っています」と自身の考えを述べた。

▼初対面のふたりが撮影現場の共通点で大盛り上がり

トークセッション後半では、日本映画界のパイオニアである撮影監督・芦澤明子氏が登壇した。芦澤氏は、男性社会だった日本映画の制作現場において、女性撮影者としての道を切り開き、黒沢清監督、深田晃司監督、沖田修一監督らの作品を手掛け、近年は海外の監督作でも活躍。カンヌ国際映画祭期間中に開催される、撮影監督を称えるピエール・アンジェニュー・トリビュート賞を今年、女性として2人目、日本人として初めて受賞した。

初対面のユー氏と芦澤氏。イベント30分前の打ち合わせが初めての顔合わせだったにもかかわらず「その時からまるで急に長年の友達になれたような感覚がありました。具体的な撮影準備のお話の中でも、台本に沿って自分のイメージを固めていくことや、準備を周到にすることなど、あまりにも共通点が多すぎて思わず笑ってしまいました」と芦澤氏。

ユー氏も「撮影の仕事というのは、国境や地域を超えて、同じようなところで喜びを感じ、同じようなところで苦労しているんだなと実感し、すごく感動しています。というのも、私は明子さんがこれまで撮られた作品をたくさん見てきて、私も日本映画から多くの影響を受けてきましたので、今日こうして知り合えてとても光栄です」と喜んだ。

▼撮影現場での女性を取り巻く労働環境の変化と、アジアに広がる女性たちの連帯

司会より、日本の映画撮影現場での労働環境の変化を問われた芦澤氏は、その歩みをこう振り返る。

「2000年を過ぎた頃から、環境を良くしていこう、女性にとってもっと働きやすい環境を作ろうという動きが強まり、様々なシステムができてきました。その時々には「ちょっとやりすぎじゃないかしら」と内心思ったことも正直ありましたが、そうした試行錯誤を行ったり来たりしながら、山の登山鉄道のスイッチバックのように、上っては少し降り、上っては少し降りしながら、この20年をここまで歩んできたのではないかと感じています」

「現在の日本は女性の撮影監督や助手の方が非常に多くなり、以前より仕事がしやすい環境になっていると思います。これはまったく私の個人的な感想ですが、女性の撮影監督は、より強い個性を持った方が多いような気がします。また、常にというわけではありませんが、多い時には半分以上が女性であることもあります。撮影部だけでなく、照明部や録音部でも着実に増えています」と今はチームの中に女性スタッフがいることも日常的になったという。

また、インドで開催された「アジア・ウーマン・フィルム・フェスティバル」への参加について「なぜ今あえてウーマン(女性)と冠するのか? 女性映画祭と銘打つこと自体がすでに時代遅れでは? と言ったのですが、主催者はこう答えていました。「日本のような国ではすでに環境が整いつつあるかもしれないが、アジアの多くの国では、女性がクリエイティブな仕事に関わっているというだけで色眼鏡で見られたり、いまだに違和感を持たれる国がたくさんある。そうした偏見がなくなるまでは、あえてウーマンという言葉を使い続けたい」と。その言葉に深く納得し、参加を決めました」と報告。このように世界でスポット的に開催されている「女性映画祭」に参加することで、「点と点が何らかの形で線として繋がっていけるよう、私も微力ながら努力を続けたいと思っています」と力を込めた。

▼Q&Aと若い世代へのメッセージ

次に、芦澤氏からユー氏に質問を投げかけた。中国と朝鮮半島の国境に位置する街・延吉を舞台にした青春映画『国境ナイトクルージング』(アンソニー・チェン監督/2023)での撮影スタイルの変化が非常に印象的だったと伝えると、「シンガポール出身の監督にとっても国境を越え、自分の知らない街で撮るという大きなチャレンジだったので、私も今回は40mmの単焦点レンズ1本だけで全部撮ろうと決めたのです」と、制限がある中でいかにシーンに合った絵を撮るかを突き詰めた結果、あえて通常とは違うアプローチになったと明かす。

また、デレク・ツァン監督『少年の君』(2019)では、三脚をあえて捨て、自身の体を三脚代わりにして手持ちで撮影。若い男女の戸惑いや不安定な感情にカメラワークを同化させたと話した。芦澤氏は「普通ならこう撮る。という既成概念を超えた新しいアプローチがとても自然で素晴らしい」と、ユー氏の選択と挑戦を称え、レンズのメーカーや製造時期など、機材細部へのこだわり、また芦澤氏かかかわった作品のライティングと照明技師とのやり取りなどの話題に花を咲かせた。

会場の観客からも、質問が寄せられた。撮影監督として大事にしていることは両氏ともに、用意された脚本やコンテを基に「監督の目や心になり、監督が頭の中で考えていることを具体的にすること」だそうで、日々の息抜きや体力づくりについて問われると、芦澤氏は、プレイはしないがゴルフ中継を見るのが好きだと回答。選手がミスをした次のホールでどのように立て直すかを見ることで、撮影期間中に失敗があっても翌日に気持ちを切り替えるための「強い精神力を学ぶ」ためだそう。ユー氏もテニス観戦が好きだと語っており、スポーツマンシップを大切にすることや、相手の状況を見極めるという意味でもスポーツ観戦が自身の仕事に通じていると述べた。

映画業界を目指す若い世代や女性たちに向けてのメッセージとして、「私は王道のオーソドックスなルートでこの業界に入ったわけではありません。でも、純粋に映画が大好きだったからこそ、真面目に映画と向き合ってきました。これから業界に入りたい若い人たちには、どうして映画が好きなのか、というその情熱と熱量を忘れないでほしいです。現場はたくさんの愛と情熱を持った人が集まる場所です。映画のために自分は何ができるのか、その使命感を大切にしてください。自分を信じて、たくさんの準備をしてください。チャンスはすぐには訪れないかもしれませんが、世界があなたを見つけてくれるでしょう」とユー氏。

「今は個人でも簡単に映画が作れてしまう時代だからこそ他者とコミュニケーションをとることを大切にしてほしいです。人と組むことは時に面倒くさかったり、意見がぶつかったりしますが、だからこそ一人では作れないより良いものが生まれます。また、機材が軽くなってやりやすくなったということは、それは誰でもできるようになったということで、感性そのものが問われる難しい時代です。映画ばかりでなく、絵画や他のアートなど、映画以外の様々なものに興味を持って感性を磨いていってほしいと思います。私もまだ新人のつもりでこれからも頑張ります」と芦澤氏が締めくくり、会場から大きな拍手が上がった。

第39回東京国際映画祭は11月4日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。
新着ニュース

  • ショートドラマ特別企画
  • 都営交通キャンペーン 都営地下鉄、都営バスに乗って会場でもらおう