東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月30日
アジアの未来部門『シェリフェ』 →作品詳細
©2026 TIFF
タレク・ダウド(監督/脚本)
夫に先立たれたシェリフェは途方にくれる日々を送っていたが、若者たちの詩の朗読会に参加し元気を取り戻す。あまりの変化に、息子たちは戸惑い家でおとなしくさせようとするが──。アフガニスタン生まれで戦火を逃れスイスに移住。現在はイスタンブールとジュネーブを拠点に活動するタレク・ダウドの長編第2作は、楽しく生を謳歌することに目覚めた女性をめぐるファミリーコメディ。ユーモアとペーソスに溢れた仕上がりだ。
──この作品が生まれ出たきっかけからお聞かせください。
タレク・ダウド監督(以下、ダウド監督):ひとつ目の理由は、第1作が非常に暗かったので、もっと心地よく、もっと太陽の光と色彩に溢れた作品を作りたかったのです。ふたつ目の理由は共同脚本のエミネ・ユルドゥルムと私自身にとって最も重要なものなのですが、ふたりとも似たような家族構成で、強い個性を持った祖母がいたということです。お互いの母方の祖母は豊かな常識と極めて実践的な知性を備えていました。そして同時に、自分たちの潜在能力をフルに発揮しきれなかった後悔を抱えていました。極めてシンプルな佇まいで、田舎のルーツや知識を持ちながらも、非常に聡明な人物たちでした。

──それが本作の発想の原点だったわけですね。
ダウド監督:そして、3つ目の理由、インスピレーションの源は、ドイツの作家ベルトルト・ブレヒトが1930年代に書いた短編小説「分不相応な老婦人」でした。5ページほどの非常に短い短編で、1920年代のドイツを舞台にした話です。それがきっかけとなり、私たちの祖母たちの存在がこの物語を肉付けしていきました。私はトルコ人ではありませんがトルコに住んでいるので物語をトルコ風にし、トルコの設定としました。
──この映画で描かれるのはトルコの家族と考えればいいのですね?
ダウド監督:トルコの俳優を使い、トルコで撮影された家族ですが、私の家族や思い出が反映されています。トルコもアフガニスタンも同じイスラム教国であり、同一ではないにしても似たような社会構造を持っていますから、普遍的なものだと思います。
──アフガニスタンとトルコ、両国の似通った家族関係のなかで、母親の位置が高くないからこそ、彼女が自我に目覚めた後の行動が輝くわけですね。
ダウド監督:イスラム教国だけの問題ではなく、多くの国で起きていることだと思います。資本主義や家父長制に関わることであり、この輝きは解放(エマンシペーション)の結果です。彼女はある種の自由を手に入れました。重要なのは、その自由が個人にとどまらない点だと思います。もちろん彼女だけでは成し得ませんでした。孫のオヌルや、友人、詩人の友人、みんなと共にそれを成し遂げたのです。これは集団的な営みなのです。
──自由を得るための努力ですか。
ダウド監督:私は「男は悪、女は善」といった単純な二項対立は好きではありません。もちろん、被害者と抑圧者が存在するのは事実です。しかし、すべての抑圧者が不幸だと言っているわけではありません。劇中で彼女が「夫は自分の世界に閉じこもり、私たちはお互いを理解したことがなかった」と言う場面があります。私の世代の周囲を見ても、実に多くの祖父母たちが50年間を共に過ごしながら、ただお互いに慣れてしまっただけの関係にあります。これは本当に普遍的なことです。
──以前はジュネーブにお住まいで、現在トルコにお住まいですが、監督ご自身の価値観はどこで育まれたのでしょうか?
ダウド監督:私はアフガニスタンの古い貴族階級のような家系の出身です。そのため、「お金は重要ではない」「名誉こそが重要だ」といった筋金入りの価値観を家族から受け継ぎました。そしてスイスでは、几帳面さや正確さなど、別の価値観に出会いました。私はその中間に位置しているのだと思います。心情や道徳的価値観において半分がアフガニスタン、半分がスイス(中央ヨーロッパ)にあると思います。
──その後、キューバに映画の勉強に行かれ、価値観はさらに広がりましたか?
ダウド監督:もちろんです。すべては長い旅路です。まず祖国を失うということは恐ろしいことです。私は何度もアフガニスタンに戻っていますが、逃げ出した当時とはもはや同じではありません。何十年にもわたる戦争によって大部分が破壊されてしまいました。アフガニスタンでは貴族の家系でしたが、スイスでは何者でもなくなりました。戦争で家族を失い、極めて質素な境遇へと変わったのです。
──環境の激変を体験されたわけですね。
ダウド監督:精神的に打ちのめされてしまわなければ、非常に視野を広げてくれる経験だと思います。その後生物学から映画制作へと転向し、キューバに渡りました。キューバのカオスに触れたことで、それまでの固定観念が完全に吹き飛びました。アフガニスタンというカオスがあり、キューバという別のカオスがあり、その中間に厳格なプロテスタントのスイスがある。自分の価値観で異なる現実を見つめるのは実に興味深いことです。

──この作品は、新しく監督自身が作り上げた価値観というふうにも言えますね?
ダウド監督:ある意味ではそうです。これはコメディだから軽やかですし、コメディ以外の何物でもありません。
──第1作がすごく暗かったので、それの反動という意味でこの作品をコメディにしたとおっしゃいましたけど、どう暗かったんですか?
ダウド監督:テーマ自体が暗かったのです。ギリシャ神話の「王女メディア」を翻案したような作品で、母親が自分の子どもを殺す話です。ネタバレになりますが、トルコに住むフランス人女性が、子どもの親権を失いそうになる物語です。
──製作費はトルコ映画界から出資してもらっているのですか?
ダウド監督:最初に出資してくれたのはトルコでした。脚本開発のコンペで受賞したため、開発のための最初の資金はトルコからのものでした。その後、スイスとトルコの共同製作となりました。実際の資金の大半は、スイスの公共放送やスイス文化省からの出資です。トルコ側には機材や場所、編集環境などの現物サービス面で支援してもらいました。私はトルコの市民権を持っていないため、資金調達には不利です。
──それでもトルコに住まわれて、そこで映画制作するのがベストだというふうにお考えになっているわけですか?
ダウド監督:成り行きでこうなりました。トルコには10年以上住んでいますが、簡単に引っ越すこともできます。現在トルコでは快適に暮らしており、言葉も覚えましたし、自由に行動でき、すべて順調です。
インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)
東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月30日
アジアの未来部門『シェリフェ』 →作品詳細
©2026 TIFF
タレク・ダウド(監督/脚本)
夫に先立たれたシェリフェは途方にくれる日々を送っていたが、若者たちの詩の朗読会に参加し元気を取り戻す。あまりの変化に、息子たちは戸惑い家でおとなしくさせようとするが──。アフガニスタン生まれで戦火を逃れスイスに移住。現在はイスタンブールとジュネーブを拠点に活動するタレク・ダウドの長編第2作は、楽しく生を謳歌することに目覚めた女性をめぐるファミリーコメディ。ユーモアとペーソスに溢れた仕上がりだ。
──この作品が生まれ出たきっかけからお聞かせください。
タレク・ダウド監督(以下、ダウド監督):ひとつ目の理由は、第1作が非常に暗かったので、もっと心地よく、もっと太陽の光と色彩に溢れた作品を作りたかったのです。ふたつ目の理由は共同脚本のエミネ・ユルドゥルムと私自身にとって最も重要なものなのですが、ふたりとも似たような家族構成で、強い個性を持った祖母がいたということです。お互いの母方の祖母は豊かな常識と極めて実践的な知性を備えていました。そして同時に、自分たちの潜在能力をフルに発揮しきれなかった後悔を抱えていました。極めてシンプルな佇まいで、田舎のルーツや知識を持ちながらも、非常に聡明な人物たちでした。

──それが本作の発想の原点だったわけですね。
ダウド監督:そして、3つ目の理由、インスピレーションの源は、ドイツの作家ベルトルト・ブレヒトが1930年代に書いた短編小説「分不相応な老婦人」でした。5ページほどの非常に短い短編で、1920年代のドイツを舞台にした話です。それがきっかけとなり、私たちの祖母たちの存在がこの物語を肉付けしていきました。私はトルコ人ではありませんがトルコに住んでいるので物語をトルコ風にし、トルコの設定としました。
──この映画で描かれるのはトルコの家族と考えればいいのですね?
ダウド監督:トルコの俳優を使い、トルコで撮影された家族ですが、私の家族や思い出が反映されています。トルコもアフガニスタンも同じイスラム教国であり、同一ではないにしても似たような社会構造を持っていますから、普遍的なものだと思います。
──アフガニスタンとトルコ、両国の似通った家族関係のなかで、母親の位置が高くないからこそ、彼女が自我に目覚めた後の行動が輝くわけですね。
ダウド監督:イスラム教国だけの問題ではなく、多くの国で起きていることだと思います。資本主義や家父長制に関わることであり、この輝きは解放(エマンシペーション)の結果です。彼女はある種の自由を手に入れました。重要なのは、その自由が個人にとどまらない点だと思います。もちろん彼女だけでは成し得ませんでした。孫のオヌルや、友人、詩人の友人、みんなと共にそれを成し遂げたのです。これは集団的な営みなのです。
──自由を得るための努力ですか。
ダウド監督:私は「男は悪、女は善」といった単純な二項対立は好きではありません。もちろん、被害者と抑圧者が存在するのは事実です。しかし、すべての抑圧者が不幸だと言っているわけではありません。劇中で彼女が「夫は自分の世界に閉じこもり、私たちはお互いを理解したことがなかった」と言う場面があります。私の世代の周囲を見ても、実に多くの祖父母たちが50年間を共に過ごしながら、ただお互いに慣れてしまっただけの関係にあります。これは本当に普遍的なことです。
──以前はジュネーブにお住まいで、現在トルコにお住まいですが、監督ご自身の価値観はどこで育まれたのでしょうか?
ダウド監督:私はアフガニスタンの古い貴族階級のような家系の出身です。そのため、「お金は重要ではない」「名誉こそが重要だ」といった筋金入りの価値観を家族から受け継ぎました。そしてスイスでは、几帳面さや正確さなど、別の価値観に出会いました。私はその中間に位置しているのだと思います。心情や道徳的価値観において半分がアフガニスタン、半分がスイス(中央ヨーロッパ)にあると思います。
──その後、キューバに映画の勉強に行かれ、価値観はさらに広がりましたか?
ダウド監督:もちろんです。すべては長い旅路です。まず祖国を失うということは恐ろしいことです。私は何度もアフガニスタンに戻っていますが、逃げ出した当時とはもはや同じではありません。何十年にもわたる戦争によって大部分が破壊されてしまいました。アフガニスタンでは貴族の家系でしたが、スイスでは何者でもなくなりました。戦争で家族を失い、極めて質素な境遇へと変わったのです。
──環境の激変を体験されたわけですね。
ダウド監督:精神的に打ちのめされてしまわなければ、非常に視野を広げてくれる経験だと思います。その後生物学から映画制作へと転向し、キューバに渡りました。キューバのカオスに触れたことで、それまでの固定観念が完全に吹き飛びました。アフガニスタンというカオスがあり、キューバという別のカオスがあり、その中間に厳格なプロテスタントのスイスがある。自分の価値観で異なる現実を見つめるのは実に興味深いことです。

──この作品は、新しく監督自身が作り上げた価値観というふうにも言えますね?
ダウド監督:ある意味ではそうです。これはコメディだから軽やかですし、コメディ以外の何物でもありません。
──第1作がすごく暗かったので、それの反動という意味でこの作品をコメディにしたとおっしゃいましたけど、どう暗かったんですか?
ダウド監督:テーマ自体が暗かったのです。ギリシャ神話の「王女メディア」を翻案したような作品で、母親が自分の子どもを殺す話です。ネタバレになりますが、トルコに住むフランス人女性が、子どもの親権を失いそうになる物語です。
──製作費はトルコ映画界から出資してもらっているのですか?
ダウド監督:最初に出資してくれたのはトルコでした。脚本開発のコンペで受賞したため、開発のための最初の資金はトルコからのものでした。その後、スイスとトルコの共同製作となりました。実際の資金の大半は、スイスの公共放送やスイス文化省からの出資です。トルコ側には機材や場所、編集環境などの現物サービス面で支援してもらいました。私はトルコの市民権を持っていないため、資金調達には不利です。
──それでもトルコに住まわれて、そこで映画制作するのがベストだというふうにお考えになっているわけですか?
ダウド監督:成り行きでこうなりました。トルコには10年以上住んでいますが、簡単に引っ越すこともできます。現在トルコでは快適に暮らしており、言葉も覚えましたし、自由に行動でき、すべて順調です。
インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)