東京国際映画祭公式インタビュー 2026年11月2日
コンペティション部門『ふたりを結ぶ夜』 →作品詳細

©2026 TIFF
フー・リン(俳優・左)、ジェン・ルオシン(プロデューサー・右)
親子ほど離れた男女が身体を重ね合うことで、心にぽっかり空いた穴を埋めようともがき、それでもなお現実がつきつけられる…。上海の大学寮を舞台に、大学生のグオフォンと寮の管理人としてパート勤めのアンの出会いと疑似恋愛を通して、都会で暮らす人々の共依存を描いたヒューマンドラマ『ふたりを結ぶ夜』。中国に限らず現代社会に潜む闇に迫る本作で、体当たりの演技を披露したフー・リンとプロデューサーのジェン・ルオシンに、本作のいきさつを聞いた。
──『ふたりを結ぶ夜』の企画がどのようにして立ち上がったか教えてください。
ジェン・ルオシン(以下、ジェン):この作品は短編小説「略知她一二」(2021年出版。ジャン・チュー著の同名短編集の表題作)が原作となっています。監督がこの小説を読んで非常に感動したことをきっかけに、長編映画の脚本に書き上げました。その脚本を企画コンペに出品しまして、見事受賞を果たしたことでこの企画がスタートしたのです。キャスティングに関しては、監督がフー・リンさんの出演作を全て観ていた大ファンだったこともあり、アン役には彼女しかいないと感じて直接オファーをさせていただいています。

フー・リン(以下、フー):脚本をいただいたとき、アンというキャラクターには非常に強く心を動かされました。彼女は娘を失った事件の真相を明かそうと3年もの時間を無為に費やしています。そのため精神的にズタズタで、人生は引き裂かれています。そんなときに、自分を慕ってくれる若い男子大学生が現れたことは、彼女にとってあまりにも大きな出来事だったんです。過酷な状況で絶望寸前の彼女にも、かすかな温もりや愛の感情が残っていて、他者を愛する力が残っているということに、私は胸を打たれ、涙が止まりませんでした。
──原作の短編小説ではどこまで描かれていて、脚本化する際にどの程度物語を広げたんでしょう?
ジェン:短編で文量が少ないため、長編化するにあたっては大幅に脚色する必要がありました。たとえば脇役をプラスして登場人物を増やすなど、そういった工夫がされています。ですが、ストーリーの根幹は変わっておらず、主人公ふたりによる会話劇というところは原作通りです。
フー:グオフォンのガールフレンドは、原作には登場しないキャラクターでしたね。
──原作を読んでどう感じました?
フー:映画のほうが原作よりもロマンティックに描かれていると思います。長編映画として翻案したため、そういった要素が加えられて感情的な広がりが豊かです。小説自体はかなり淡々としていてドライな筆致なんです。中国語の原題「略知她一二」は「彼女のことを少し知っている」という意味ですが、小説でのアンはそのタイトル通りに心の内はちょっとだけしか明かさず、とても現実的な女性として描かれています。
ジェン:じつはこの翻案のために、監督は脚本を何十校も書き直しています。執筆にかなり長い時間をかけ悩んでいました。それに、編集の段階でもどうやって見せるかも悩み、ポスプロに3年かけています。
──ということは、結末が違うバージョンも存在する?
ジェン:ラストシーンについては一部異なるものもありましたが、ほとんどが今回ご覧いただいたバージョンと同じく、上海駅でのロングショットに帰結したものでしたね。現在のバージョンは、さまざまある中でももっとも簡潔でクリアに物語が伝わるベストなものだと思っています。何よりも大変だったのは、じつはキャスティング。グオフォン役の男性がなかなか決まらなかったんですよ。そのとき監督が「あの役が見つからなかったら、代わりに自分がやってもいい?」と言ってきたんです(笑)。
フー:本当に困ります(笑)。
ジェン:もちろんプロデューサー陣で全力で止めました。
──寮母さんと性的関係を持つ大学生の役ですもんね…。
フー:はい。監督を相手に? ありえません(笑)。もちろんこの役には多くのチャレンジがあることは理解していましたし、プレッシャーも非常に大きかったんですが、リアルな人物として観客に見せるために、誠実に努めました。完成して万感の思いが溢れています。

──大胆なシーンが多かった分、抵抗感もあったのでは?
フー:アジアの成人女性として、また家庭を持つ身としてはさまざまな葛藤がありました。が、この役に惚れ込んだ役者として、腹をくくってやるしかないと決めていたんです。たとえば、グオフォンと故郷の話をしたあとに、村にいたころの踊りを披露するシーンがあります。完成版では全裸で舞っていますが、脚本では服を脱ぐ指定はありませんでした。現場に入ってから、このシーンをどのように演じるかスタッフと向き合い、役に入り込んでいくと自然にあの表現になっていったのです。
ジェン:あのシーンはこの作品のなかでも非常に重要なパートになっているため、監督も妥協ゼロでした。
フー:監督はいろんな方法を提案しましたね。シーツを身体に巻きつける案や、あの部屋に入ったときに着ていたワンピースを着る案など。でも、どれもピンとこないんですよ。それで全裸での挑戦となりましたが、非常に自然な流れができたと思っています。あれよりも大変だったのは、アンのアパートで行為に至る場面でしたね…。ベッドの上にはゴザが敷かれていたんですが、あれがものすごく硬くて。ひざからすねにかけて擦りむき傷がたくさん。でも、サポーターをつけるわけにもいかず、そのまま続行していたので、文字通り満身創痍でした。
──あのシーンや大学寮など、夏の過酷なロケの湿度がスクリーンからも伝わってきました。
フー:物語自体が夏休み期間の設定なので、夏のロケが必須でしたからね。アンの部屋は、取り壊し予定の古いアパートだったので、当然エアコンはついていませんし、階段も床が抜けそうなギシギシという音を立てていました。部屋の中には扇風機があるんですが、あれを回してしまうとファンの音が入ってしまうために、本番中は回せませんでした。
──大学の学生寮のロケは本物を借りたんでしょうか?
ジェン:あれは本物の学生寮ではなく、上海郊外にある集合住宅です。中国には出稼ぎ労働者のために作られたあのような施設がたくさんあるので、夏休みの期間中に借りることができました。
──大都会での孤独、それを抱えた者同士の共依存というのは、上海に限らずどこの国の都市でも通じる普遍のテーマですね。
フー:そのとおりだと思います。
ジェン:彼らの関係は恋愛に見えて、じつは全く違いますからね。
フー:ふたりの関係は愛でも性欲でもなく「鎮痛剤」みたいなものです。それも湿布のようなタイプのもので、心が痛むから鎮痛剤を一時的に貼る=性欲に溺れ、一時的に痛みは和らぎます。でも、それをはがせばすぐに痛みが出てきて繰り返す。そんな切実な関係なんです。長いキャリアのなかでも印象深いさまざまなチャレンジがあった作品ですが、本作を観てくださった方のレビューを読んで「ああ伝わっている」と感じ、苦労が報われた思いでいっぱいです。
インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
東京国際映画祭公式インタビュー 2026年11月2日
コンペティション部門『ふたりを結ぶ夜』 →作品詳細

©2026 TIFF
フー・リン(俳優・左)、ジェン・ルオシン(プロデューサー・右)
親子ほど離れた男女が身体を重ね合うことで、心にぽっかり空いた穴を埋めようともがき、それでもなお現実がつきつけられる…。上海の大学寮を舞台に、大学生のグオフォンと寮の管理人としてパート勤めのアンの出会いと疑似恋愛を通して、都会で暮らす人々の共依存を描いたヒューマンドラマ『ふたりを結ぶ夜』。中国に限らず現代社会に潜む闇に迫る本作で、体当たりの演技を披露したフー・リンとプロデューサーのジェン・ルオシンに、本作のいきさつを聞いた。
──『ふたりを結ぶ夜』の企画がどのようにして立ち上がったか教えてください。
ジェン・ルオシン(以下、ジェン):この作品は短編小説「略知她一二」(2021年出版。ジャン・チュー著の同名短編集の表題作)が原作となっています。監督がこの小説を読んで非常に感動したことをきっかけに、長編映画の脚本に書き上げました。その脚本を企画コンペに出品しまして、見事受賞を果たしたことでこの企画がスタートしたのです。キャスティングに関しては、監督がフー・リンさんの出演作を全て観ていた大ファンだったこともあり、アン役には彼女しかいないと感じて直接オファーをさせていただいています。

フー・リン(以下、フー):脚本をいただいたとき、アンというキャラクターには非常に強く心を動かされました。彼女は娘を失った事件の真相を明かそうと3年もの時間を無為に費やしています。そのため精神的にズタズタで、人生は引き裂かれています。そんなときに、自分を慕ってくれる若い男子大学生が現れたことは、彼女にとってあまりにも大きな出来事だったんです。過酷な状況で絶望寸前の彼女にも、かすかな温もりや愛の感情が残っていて、他者を愛する力が残っているということに、私は胸を打たれ、涙が止まりませんでした。
──原作の短編小説ではどこまで描かれていて、脚本化する際にどの程度物語を広げたんでしょう?
ジェン:短編で文量が少ないため、長編化するにあたっては大幅に脚色する必要がありました。たとえば脇役をプラスして登場人物を増やすなど、そういった工夫がされています。ですが、ストーリーの根幹は変わっておらず、主人公ふたりによる会話劇というところは原作通りです。
フー:グオフォンのガールフレンドは、原作には登場しないキャラクターでしたね。
──原作を読んでどう感じました?
フー:映画のほうが原作よりもロマンティックに描かれていると思います。長編映画として翻案したため、そういった要素が加えられて感情的な広がりが豊かです。小説自体はかなり淡々としていてドライな筆致なんです。中国語の原題「略知她一二」は「彼女のことを少し知っている」という意味ですが、小説でのアンはそのタイトル通りに心の内はちょっとだけしか明かさず、とても現実的な女性として描かれています。
ジェン:じつはこの翻案のために、監督は脚本を何十校も書き直しています。執筆にかなり長い時間をかけ悩んでいました。それに、編集の段階でもどうやって見せるかも悩み、ポスプロに3年かけています。
──ということは、結末が違うバージョンも存在する?
ジェン:ラストシーンについては一部異なるものもありましたが、ほとんどが今回ご覧いただいたバージョンと同じく、上海駅でのロングショットに帰結したものでしたね。現在のバージョンは、さまざまある中でももっとも簡潔でクリアに物語が伝わるベストなものだと思っています。何よりも大変だったのは、じつはキャスティング。グオフォン役の男性がなかなか決まらなかったんですよ。そのとき監督が「あの役が見つからなかったら、代わりに自分がやってもいい?」と言ってきたんです(笑)。
フー:本当に困ります(笑)。
ジェン:もちろんプロデューサー陣で全力で止めました。
──寮母さんと性的関係を持つ大学生の役ですもんね…。
フー:はい。監督を相手に? ありえません(笑)。もちろんこの役には多くのチャレンジがあることは理解していましたし、プレッシャーも非常に大きかったんですが、リアルな人物として観客に見せるために、誠実に努めました。完成して万感の思いが溢れています。

──大胆なシーンが多かった分、抵抗感もあったのでは?
フー:アジアの成人女性として、また家庭を持つ身としてはさまざまな葛藤がありました。が、この役に惚れ込んだ役者として、腹をくくってやるしかないと決めていたんです。たとえば、グオフォンと故郷の話をしたあとに、村にいたころの踊りを披露するシーンがあります。完成版では全裸で舞っていますが、脚本では服を脱ぐ指定はありませんでした。現場に入ってから、このシーンをどのように演じるかスタッフと向き合い、役に入り込んでいくと自然にあの表現になっていったのです。
ジェン:あのシーンはこの作品のなかでも非常に重要なパートになっているため、監督も妥協ゼロでした。
フー:監督はいろんな方法を提案しましたね。シーツを身体に巻きつける案や、あの部屋に入ったときに着ていたワンピースを着る案など。でも、どれもピンとこないんですよ。それで全裸での挑戦となりましたが、非常に自然な流れができたと思っています。あれよりも大変だったのは、アンのアパートで行為に至る場面でしたね…。ベッドの上にはゴザが敷かれていたんですが、あれがものすごく硬くて。ひざからすねにかけて擦りむき傷がたくさん。でも、サポーターをつけるわけにもいかず、そのまま続行していたので、文字通り満身創痍でした。
──あのシーンや大学寮など、夏の過酷なロケの湿度がスクリーンからも伝わってきました。
フー:物語自体が夏休み期間の設定なので、夏のロケが必須でしたからね。アンの部屋は、取り壊し予定の古いアパートだったので、当然エアコンはついていませんし、階段も床が抜けそうなギシギシという音を立てていました。部屋の中には扇風機があるんですが、あれを回してしまうとファンの音が入ってしまうために、本番中は回せませんでした。
──大学の学生寮のロケは本物を借りたんでしょうか?
ジェン:あれは本物の学生寮ではなく、上海郊外にある集合住宅です。中国には出稼ぎ労働者のために作られたあのような施設がたくさんあるので、夏休みの期間中に借りることができました。
──大都会での孤独、それを抱えた者同士の共依存というのは、上海に限らずどこの国の都市でも通じる普遍のテーマですね。
フー:そのとおりだと思います。
ジェン:彼らの関係は恋愛に見えて、じつは全く違いますからね。
フー:ふたりの関係は愛でも性欲でもなく「鎮痛剤」みたいなものです。それも湿布のようなタイプのもので、心が痛むから鎮痛剤を一時的に貼る=性欲に溺れ、一時的に痛みは和らぎます。でも、それをはがせばすぐに痛みが出てきて繰り返す。そんな切実な関係なんです。長いキャリアのなかでも印象深いさまざまなチャレンジがあった作品ですが、本作を観てくださった方のレビューを読んで「ああ伝わっている」と感じ、苦労が報われた思いでいっぱいです。
インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)