東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月31日
コンペティション部門『ヘイゼル85』 →作品詳細

©2026 TIFF
テオドラ・アナ・ミハイ(監督/脚本)
1985年、ブリュッセルのヘイゼル・スタジアムで行われたサッカーのチャンピオンズカップ決勝、ユベントス対リヴァプール戦の試合開始前、サポーターの衝突をきっかけに暴動が起こり39名が死亡、多数の負傷者を出す結果となった「ヘイゼルの悲劇」。様々な人物の視点からこの大惨事が起こった経緯がリアルに再現され、ヨーロッパに内在する民族問題、集団心理の恐怖、責任を回避しようとする行政、報道におけるモラルなど、テオドラ・アナ・ミハイ監督は現在にも続く複雑な社会問題を浮き彫りにしてみせた。
──本作の成り立ちをお聞かせください。
テオドラ・アナ・ミハイ監督(以下、ミハイ監督):前作の『トラフィック』(24)に取り組んでいる最中に、私の最初の長編映画『母の聖戦』(21)のプロデューサーがこの映画の企画を持って来てくれました。もともと別の監督が担当していたプロジェクトだったのですが、スケジュールが合わなくなったために変更せざるをえなくなったそうです。プロデューサーは、私の映画作りのスタイルをよく理解している人です。だからこそ、私がスポーツ映画を撮るようなタイプの監督ではないにもかかわらず、この映画を監督したら面白いのではないかと考えたようでした。私も最初は疑問に思っていたのですが、最終的には彼はとても良い着眼点を持っていたと思います。
ただ、私は大事な条件をひとつ出しました。私は持ち込まれた脚本や企画をそのまま撮ることは絶対にしません。そのため「脚本に手を入れて、私にとって意味のある形でこのテーマを扱うことを許してもらえますか?」と彼に確認しました。
結果的にこの映画は、単にスポーツの映画、サッカーの映画であるにとどまらず、社会、政治的力学、そして父と娘、親、兄弟といった人間関係を描く実存的な映画になりました。

──脚本制作の初期段階には監督は関わっていなかったのですね。
ミハイ監督:一番最初の段階には関わっていません。受け取ったテキストは非常に綿密なリサーチがされており、その点は素晴らしかったです。しかし、劇映画として成り立っているものとは言えませんでした。とはいえ、非常に可能性が感じられるシナリオでした。そこにはメタファーが存在していたのです。サッカーという枠組みをさらに広げることによって、人と人との関わり方や世界そのものを象徴する物語になり得たと思います。
しかしながら、何もないゼロ地点から始めることよりも、膨大なリサーチ資料の中から取捨選択して構築していくことのほうが、時にはより難しく気の遠くなるような挑戦でもありました。
──印象的だったのが、画面の構造です。ニュース映像でしか示されないスタジアムの地上の様子、政治家や憲兵隊が集まる上層階の部屋、そしてイベントのために多くのスタッフが動いている地下の部屋という「三層構造」になっており、それぞれの空間の特性に合わせた撮影方法が選択されている点でした。
ミハイ監督:ありがとうございます。この映画のコンセプトとして、スタンド上で起こるすべての出来事にはアーカイブ映像を使用することを決定しました。実際に悲劇が起きた客席スタンドについて私たちは撮影をせず、アーカイブ映像を統合しています。そして、フィクション部分はその下層、スタジアムの裏側や閉ざされた扉の奥で展開しています。
私たちが新たに撮影した映像を、当時の記録映像と違和感なく有機的に結びつけるため、各セクションのスタッフが非常に大きな努力を払いました。
もうひとつ重要だったのは、アーカイブ映像の中にフィクションの登場人物を合成して入り込ませないということです。当時の人々に対して敬意を払うという意味でも、両者を混同させるべきではないと考えました。記録映像は人々の「集合的記憶」の一部であり、当時の光景を覚えている人は数多くいます。私が作為的に作った映像が、本物の持つ力に勝ることはあり得ません。だからこそ本物の映像をそのまま活かしたかったのです。
また、目には見えないけれども「感じ取らなければならない」要素がたくさんありました。そのため音響デザインが極めて重要でした。私は映像としての映画と、音としての映画という2本の映画を同時に作り、それらをひとつに融合させるという意識で取り組みました。
──16ミリフィルムで撮影された映像と過去のニュース映像がシームレスに繋がっており驚きました。
ミハイ監督:撮影監督のマリウス・パンドゥル氏とは長い時間をかけて話し合いました。彼とはこれまで3作品を共にし、今4作目に取り組んでいます。私にとって非常に信頼できるパートナーです。デジタル撮影でもフィルターを使ってフィルムの映像に近づけることはできますが、本物の16ミリフィルムの質感には敵わないと考え、プロデューサーを説得しました。
フィルム撮影はコストがかかるため、撮影日数を削るなどの妥協を強いられ、俳優ともっと試行錯誤する時間が欲しかったという葛藤もありましたが、最終的にこの選択をして良かったと思っています。
──上層階の密室劇のような撮り方と、地下のサスペンスやホラー映画のような撮り方の対比も見事でした。16ミリはフィルム交換の頻度も多く大変だったのではないでしょうか。
ミハイ監督:経験豊富な撮影クルーがいたので対応可能でした。フィルム撮影では事前の計画がより重要になります。多くの監督は現場でたくさん素材を撮り、編集室でパズルのように組み立てますが、私は現場に入る前に入念に設計し、現場で確固たる決断を下すタイプです。そのため、フィルムでもデジタルでも制作手法に大きな違いはありませんでした。

──ストーリーについて伺います。主人公の女性に対し、母親から「あの人の下で働くのは私の二の舞になる」という絶望的な言葉がかけられたり、「通訳だけしていればいい」と発言を封じられたりします。女性が組織の中で無力化されていく様子が描かれていました。
ミハイ監督:80年代における女性の立場という背景を作品に持たせたかったのです。もちろん、当時から現在にかけて変化はありました。しかし、「社会のあらゆる面において十分な変化があったか?」と問われれば、私には疑問が残ります。
主人公のマリーは80年代当時の若い女性が取るべき振る舞いをしています。現代の若い女性であれば、もっと声を上げ、反抗的な態度を取ったでしょう。しかし当時のメンタリティに忠実である必要がありました。
付け加えますと、私のキャリアを支えてくれた偉大な恩師やメンターの多くは男性でした。彼らは私を正当に評価し、支援してくれました。ですから私にとってこれは単なるジェンダーの問題ではなく、お互いへの「リスペクト」の問題です。
男性と女性では物事の見方や抱える課題が異なりますが、その視点に優劣はありません。賢明な男性たちはその違いを受け入れ、若い女性が成長し活躍できる場を与えてくれます。そうした支援にはとても感謝しています。
──ヘイゼルの悲劇はサッカー界において非常に重大な出来事ですが、フーリガンなどの表面的な報道に目が行きがちでした。劇中で描かれた関係者のやり取りは、どの程度史実に基づいているのでしょうか。
ミハイ監督:重要なプロットのポイントはすべて、後に明るみに出た内部告発や報道、各関係者の利害関係、侮辱されたと感じたイタリア側の反応など、現実に起きた事実に根ざしています。史実の正確性について補足すると、当時の警備体制において「指揮系統の統一が欠如していた」ことは事実であり、致命的な欠陥でした。スタジアムの半分を警察が、もう半分を憲兵隊が管轄しており、互いの連携が全く取れていませんでした。ヘイゼルの惨事、およびその後の別の事件を機に、ベルギーの憲兵隊は解体されることになります。
また、トランシーバーが当日に故障して機能しなかったという細部も事実です。サポーターの騒動対応で酷使された結果、夜になっていざ惨劇が起きた際にバッテリー切れなどで使えなくなってしまったのです。
──映画の終盤で「サッカー界が変わった」という表現があり、スタジアムの安全対策などが向上したとされます。しかし昨今の情勢やワールドカップを見ても、水面下では同様の権力や政治の動きが続いているように思えます。サッカー界は本当に変わったとお考えでしょうか。
ミハイ監督:非常に鋭いご指摘です。私たちは過去から学ぼうとしますが、結果として何も学んでいないのではないかと痛感させられることがあります。だからこそ、歴史的事件を描いた映画は現代の鏡として今も強い意義を持つのです。
この映画を完成させた週末、映画祭のために子どもたちとニューヨークのタイムズスクエアにいたのですが、その時に最新のニュースを目にして、事態がいかに当時と変わっていないか、現代に通じる問題であるかに強い衝撃を受けました。スポーツは美しく素晴らしいものであると同時に、時に人間の暗部を露呈させてしまう側面を持っていると思います。
インタビュー/構成:岩槻 歩 (「映画芸術」編集部)
東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月31日
コンペティション部門『ヘイゼル85』 →作品詳細

©2026 TIFF
テオドラ・アナ・ミハイ(監督/脚本)
1985年、ブリュッセルのヘイゼル・スタジアムで行われたサッカーのチャンピオンズカップ決勝、ユベントス対リヴァプール戦の試合開始前、サポーターの衝突をきっかけに暴動が起こり39名が死亡、多数の負傷者を出す結果となった「ヘイゼルの悲劇」。様々な人物の視点からこの大惨事が起こった経緯がリアルに再現され、ヨーロッパに内在する民族問題、集団心理の恐怖、責任を回避しようとする行政、報道におけるモラルなど、テオドラ・アナ・ミハイ監督は現在にも続く複雑な社会問題を浮き彫りにしてみせた。
──本作の成り立ちをお聞かせください。
テオドラ・アナ・ミハイ監督(以下、ミハイ監督):前作の『トラフィック』(24)に取り組んでいる最中に、私の最初の長編映画『母の聖戦』(21)のプロデューサーがこの映画の企画を持って来てくれました。もともと別の監督が担当していたプロジェクトだったのですが、スケジュールが合わなくなったために変更せざるをえなくなったそうです。プロデューサーは、私の映画作りのスタイルをよく理解している人です。だからこそ、私がスポーツ映画を撮るようなタイプの監督ではないにもかかわらず、この映画を監督したら面白いのではないかと考えたようでした。私も最初は疑問に思っていたのですが、最終的には彼はとても良い着眼点を持っていたと思います。
ただ、私は大事な条件をひとつ出しました。私は持ち込まれた脚本や企画をそのまま撮ることは絶対にしません。そのため「脚本に手を入れて、私にとって意味のある形でこのテーマを扱うことを許してもらえますか?」と彼に確認しました。
結果的にこの映画は、単にスポーツの映画、サッカーの映画であるにとどまらず、社会、政治的力学、そして父と娘、親、兄弟といった人間関係を描く実存的な映画になりました。

──脚本制作の初期段階には監督は関わっていなかったのですね。
ミハイ監督:一番最初の段階には関わっていません。受け取ったテキストは非常に綿密なリサーチがされており、その点は素晴らしかったです。しかし、劇映画として成り立っているものとは言えませんでした。とはいえ、非常に可能性が感じられるシナリオでした。そこにはメタファーが存在していたのです。サッカーという枠組みをさらに広げることによって、人と人との関わり方や世界そのものを象徴する物語になり得たと思います。
しかしながら、何もないゼロ地点から始めることよりも、膨大なリサーチ資料の中から取捨選択して構築していくことのほうが、時にはより難しく気の遠くなるような挑戦でもありました。
──印象的だったのが、画面の構造です。ニュース映像でしか示されないスタジアムの地上の様子、政治家や憲兵隊が集まる上層階の部屋、そしてイベントのために多くのスタッフが動いている地下の部屋という「三層構造」になっており、それぞれの空間の特性に合わせた撮影方法が選択されている点でした。
ミハイ監督:ありがとうございます。この映画のコンセプトとして、スタンド上で起こるすべての出来事にはアーカイブ映像を使用することを決定しました。実際に悲劇が起きた客席スタンドについて私たちは撮影をせず、アーカイブ映像を統合しています。そして、フィクション部分はその下層、スタジアムの裏側や閉ざされた扉の奥で展開しています。
私たちが新たに撮影した映像を、当時の記録映像と違和感なく有機的に結びつけるため、各セクションのスタッフが非常に大きな努力を払いました。
もうひとつ重要だったのは、アーカイブ映像の中にフィクションの登場人物を合成して入り込ませないということです。当時の人々に対して敬意を払うという意味でも、両者を混同させるべきではないと考えました。記録映像は人々の「集合的記憶」の一部であり、当時の光景を覚えている人は数多くいます。私が作為的に作った映像が、本物の持つ力に勝ることはあり得ません。だからこそ本物の映像をそのまま活かしたかったのです。
また、目には見えないけれども「感じ取らなければならない」要素がたくさんありました。そのため音響デザインが極めて重要でした。私は映像としての映画と、音としての映画という2本の映画を同時に作り、それらをひとつに融合させるという意識で取り組みました。
──16ミリフィルムで撮影された映像と過去のニュース映像がシームレスに繋がっており驚きました。
ミハイ監督:撮影監督のマリウス・パンドゥル氏とは長い時間をかけて話し合いました。彼とはこれまで3作品を共にし、今4作目に取り組んでいます。私にとって非常に信頼できるパートナーです。デジタル撮影でもフィルターを使ってフィルムの映像に近づけることはできますが、本物の16ミリフィルムの質感には敵わないと考え、プロデューサーを説得しました。
フィルム撮影はコストがかかるため、撮影日数を削るなどの妥協を強いられ、俳優ともっと試行錯誤する時間が欲しかったという葛藤もありましたが、最終的にこの選択をして良かったと思っています。
──上層階の密室劇のような撮り方と、地下のサスペンスやホラー映画のような撮り方の対比も見事でした。16ミリはフィルム交換の頻度も多く大変だったのではないでしょうか。
ミハイ監督:経験豊富な撮影クルーがいたので対応可能でした。フィルム撮影では事前の計画がより重要になります。多くの監督は現場でたくさん素材を撮り、編集室でパズルのように組み立てますが、私は現場に入る前に入念に設計し、現場で確固たる決断を下すタイプです。そのため、フィルムでもデジタルでも制作手法に大きな違いはありませんでした。

──ストーリーについて伺います。主人公の女性に対し、母親から「あの人の下で働くのは私の二の舞になる」という絶望的な言葉がかけられたり、「通訳だけしていればいい」と発言を封じられたりします。女性が組織の中で無力化されていく様子が描かれていました。
ミハイ監督:80年代における女性の立場という背景を作品に持たせたかったのです。もちろん、当時から現在にかけて変化はありました。しかし、「社会のあらゆる面において十分な変化があったか?」と問われれば、私には疑問が残ります。
主人公のマリーは80年代当時の若い女性が取るべき振る舞いをしています。現代の若い女性であれば、もっと声を上げ、反抗的な態度を取ったでしょう。しかし当時のメンタリティに忠実である必要がありました。
付け加えますと、私のキャリアを支えてくれた偉大な恩師やメンターの多くは男性でした。彼らは私を正当に評価し、支援してくれました。ですから私にとってこれは単なるジェンダーの問題ではなく、お互いへの「リスペクト」の問題です。
男性と女性では物事の見方や抱える課題が異なりますが、その視点に優劣はありません。賢明な男性たちはその違いを受け入れ、若い女性が成長し活躍できる場を与えてくれます。そうした支援にはとても感謝しています。
──ヘイゼルの悲劇はサッカー界において非常に重大な出来事ですが、フーリガンなどの表面的な報道に目が行きがちでした。劇中で描かれた関係者のやり取りは、どの程度史実に基づいているのでしょうか。
ミハイ監督:重要なプロットのポイントはすべて、後に明るみに出た内部告発や報道、各関係者の利害関係、侮辱されたと感じたイタリア側の反応など、現実に起きた事実に根ざしています。史実の正確性について補足すると、当時の警備体制において「指揮系統の統一が欠如していた」ことは事実であり、致命的な欠陥でした。スタジアムの半分を警察が、もう半分を憲兵隊が管轄しており、互いの連携が全く取れていませんでした。ヘイゼルの惨事、およびその後の別の事件を機に、ベルギーの憲兵隊は解体されることになります。
また、トランシーバーが当日に故障して機能しなかったという細部も事実です。サポーターの騒動対応で酷使された結果、夜になっていざ惨劇が起きた際にバッテリー切れなどで使えなくなってしまったのです。
──映画の終盤で「サッカー界が変わった」という表現があり、スタジアムの安全対策などが向上したとされます。しかし昨今の情勢やワールドカップを見ても、水面下では同様の権力や政治の動きが続いているように思えます。サッカー界は本当に変わったとお考えでしょうか。
ミハイ監督:非常に鋭いご指摘です。私たちは過去から学ぼうとしますが、結果として何も学んでいないのではないかと痛感させられることがあります。だからこそ、歴史的事件を描いた映画は現代の鏡として今も強い意義を持つのです。
この映画を完成させた週末、映画祭のために子どもたちとニューヨークのタイムズスクエアにいたのですが、その時に最新のニュースを目にして、事態がいかに当時と変わっていないか、現代に通じる問題であるかに強い衝撃を受けました。スポーツは美しく素晴らしいものであると同時に、時に人間の暗部を露呈させてしまう側面を持っていると思います。
インタビュー/構成:岩槻 歩 (「映画芸術」編集部)