2026.11.04 [インタビュー]
「私たちが対抗すべき相手は、恐怖であり、忘却であり、虚偽の記憶なのです」コンペティション部門『魔法の星図』公式インタビュー

東京国際映画祭公式インタビュー 2026年11月1日
コンペティション部門『魔法の星図』 →作品詳細
魔法の星図

©2026 TIFF

スン・シュン(監督/プロデューサー/脚本/編集)

 

炭鉱の街に現れた魔術師が、専制支配のもとで人々が失った記憶を呼び起こしていく。逮捕された魔術師は、刑務所で知り合った孤児の少年に一冊の不思議な書物を渡す。少年はその書物を手がかりに、帝国の支配のもとに隠された記憶の中に踏み込んでゆく…。
古今東西の様々な絵画表現によって、現実と幻想、歴史と神話が錯綜する少年の旅が壮大なスケールで描かれる長編アニメーション。完成までに約10年をかけた本作について、製作に込めた思いやコロナ禍の困難も交えて、スン・シュン監督に話を聞いた。

 

 

──本作には水墨画、木版画、油絵、パステル、色鉛筆など様々な絵画手法が見られましたが、どのようなプロセスで制作を進めたのでしょうか。

 

スン・シュン監督(以下、スン監督):本作を製作するにあたって最も困難だったのは、中国国内のアニメ制作会社のほとんどが日本のアニメ制作と同じシステムだったということです。現在のアニメーションは、実写で人間の動きを撮影し、その映像の輪郭を1コマずつ線画でトレースして合成・取り込みを行うというやり方が多いです。しかし本作はご覧の通り、登場人物の外見や輪郭も含めすべて自分たちでゼロから設計しています。動きに関してもすべて1枚1枚手描きです。撮影したものをトレースすることは、私のスタジオでは厳禁にしています。

 

──1秒あたり何枚程度の絵を描いているのですか。

 

スン監督:1秒あたり12コマ前後です。通常は複数のレイヤーに分けて制作しますが、私たちは本作で最も難しい方法を試みました。動作の際に背景、カメラ、人物が同時に、しかも3次元で動きます。2次元ではなく3次元で同時に動かすという、極めて難しい表現に挑戦しました。
魔法の星図

 

──上海アートギャラリーのWebサイトで見たのですが、本作のために通常のアニメーション制作では使わない規模の非常に大きな絵を描かれたそうですね。

 

スン監督:はい、幅16メートル、高さ2.5メートルあります。展示会などで展示した際にディテールが見えるようにすること、そして映画館の大スクリーンで上映された際にも観客に細部がはっきりと伝わるようにすることを考慮しました。

 

──画面上には中国伝統の水墨画や禅・仏教的な絵画、文人画だけでなく、西洋美術史上の名作や、ロシア・アヴァンギャルド、プロレタリア美術など、あらゆるスタイルが非常に高い密度で結合しています。こういった独自のスタイルを創作するにあたり、どのような工夫や注力をされたのでしょうか。

 

スン監督:私自身の本職はアーティストですので、美術館で展示する以上、絵画の密度が高くなるのは当然のことです。そして、質問では触れられませんでしたが、私に思想面で極めて甚大な影響を与えた人物がいます。日本の禅僧・白隠慧鶴(はくいんえかく)です。彼も多くの絵を残しています。かつて京都国立博物館で彼の絵画展を見て非常に衝撃を受け、大きな影響を受けました。先ほど挙げられた技法やスタイルは「世界をどう描写するか」という技術であり、美術大学で学ぶのはアートのそういった部分です。しかし、私が白隠慧鶴から学んだのは「世界をどう理解するか」ということでした。こちらの方がはるかに重要です。私は白隠慧鶴の影響により禅の修行に入門しました。

 

──主人公の少年シャオ・ジーと魔術師が6つの国を旅して自分を探すという物語が中心にありますが、その中には仏教、禅、輪廻転生といった東洋思想が多く盛り込まれており、強く印象に残りました。

 

スン監督:6つの国は、それぞれ異なる6種類の絵画のスタイルを表しています。映画の冒頭部分でそれぞれのスタイルが提示されています。当初の構想では、6つの国それぞれに物語があり、映画の尺も現在の3倍、約3時間になる予定でした。しかし、85分まで作った時点で、一本の映画としての長さはこれで十分だと判断しました。もし3時間もあったら誰も座って観ていられないでしょう。
もうひとつの現実的な理由としては、すでに多額の資金を費やしてしまい、製作費が尽きかけていたということもあります。
魔法の星図

 

──2022年3月に本作にまつわる展覧会を開く予定だったのが、コロナ禍の影響で中止になったそうですね。

 

スン監督:展覧会の中止というより、上海市全体が約2か月の間ロックダウンされたためです。私はその時、ホテル暮らしで2か月間足止めを食らいました。皮肉な話ですが、私は禅を信奉しているので、その2か月間は修行のようなものであり、仏教を実生活に活かす良い機会でした(笑)。

 

──塗り絵をいくつも重ねたようなアニメーションについて、映画の最後で、コロナ禍にまつわるモノローグとともに語られていました。あの部分はどのようにして作られたのか、またそこに込められた思いについてお聞かせください。

 

スン監督:パンデミックが始まった当初、全世界が狂気に陥っていました。ちょうど本作を制作中だった私は、Instagram上で世界中の人々に呼びかけました。「1人1コマを担当し、自由に描いてほしい」と募り、映画の一部を共同制作したのです。世界中の人々が参加し、ネット経由で送り返してもらった画像を編集して映像に仕上げました。映画という形を通じて全世界の人々を巻き込み、ある種の記念碑のような作品を完成させました。私たちが対抗すべき相手は「恐怖」であり「忘却」であり「虚偽の記憶」なのです。

 

──あの部分には集合的無意識のようなものが炙り出されているようでした。

 

スン監督:仏教の世界でも無意識の探求は非常に大切です。人々の心の中にある、意識されていないものがここに集まったということです。

 

──映画館での上映形態だけでなく、美術館での展示上映も考えられるのではないでしょうか。

 

スン監督:現在ちょうど、美術館と連絡を取って進めているところです。ただし、本作自体は映画館でしか上映できません。美術館で上映しようとすると、設備予算が膨大になりすぎて、どこの美術館も負担できないからです。映画館のDCP上映なら2000GBのデータを扱えますが、美術館のプロジェクター上映ではせいぜい6~10GB程度しか再生できないため、現実的に難しいのです。

 

──劇中の台詞には様々な中国語の方言や外国語が使われていました。方言を使って登場人物を区別する狙いがあったのでしょうか。

 

スン監督:実際にはそれほど多くの方言を使っているわけではなく、主に北京のすぐ近くにある天津の方言を使っています。天津方言は非常に張りと力強さがあるため、純粋に美学的な観点から選びました。映画が長いと人物の印象がぼやけてしまいがちなので、力強い言葉遣いによってキャラクターを際立たせる狙いがありました。

 

──劇中で為政者が60年ごとに祝祭を開いて人々の記憶を消去し、麻痺させようとする描写がありました。これは日本の東日本大震災後のオリンピックや万博などにも通じる風刺的なテーマだと感じます。こうしたプロットを創作するにあたり、影響を受けたり動機付けになった作家や作品、書籍などはありますか。

 

スン監督:影響を受けたアーティストはたくさんいますが、この作品については特定の作家から影響を受けているわけではありません。私は歴史に強い関心があり、歴史を多角的な視点から捉えるようにしています。戦争を描く場合でも、対立する双方の歴史の記述を照らし合わせます。また映画製作に入る前に、世界各地で滞在制作に参加し、多くのことを学びました。この物語で描いたテーマは、特定の地域だけでなく人類全体が直面している普遍的な問題であり、世界中で起きていることだと考えています。

 

──劇中に日本語の楽曲を起用したことについて伺いたいです。

 

スン監督:作詞作曲の三上寛さんは、1970年代の日本の非常に素晴らしいアーティストのひとりです。当時の日本の文化は、本当に輝かしい発展を見せていました。彼らは単なる歌手ではなく、深い教養を持った本物の「文化人」だと思います。黒澤明監督もそうでしたが、細部に徹底的にこだわる本物の文化人が当時の日本には大勢いました。私はそうした文化や作品が大好きです。昨日も東京国立博物館へ勉強しに行きました。本作を作るにあたって、そういった日本文化へのオマージュとして三上寛さんに楽曲をお願いしました。
楽曲の制作にあたっては「無常」と「人生」というふたつのキーワードだけを伝え、「あとは自由に表現してください」とお願いしました。彼からはふたつの異なるアプローチの曲が提示されました。ひとつは魂の叫びのような激しいスタイル、もうひとつは日本の伝統的な演歌のようなスタイルです。今回はこの後者の曲を採用しています。
もう1点補足すると、本作で「書(筆文字)」を大量に取り入れたのは黒澤明監督の影響です。黒澤映画の字幕は手描きの筆文字が使われていますが、彼は西洋の観客に媚びたりしません。「自国の文化を貫く」という姿勢です。理解できないならそれは観客側の問題であり、表現者が迎合する必要はないという揺るぎない覚悟があります。他人に迎合して作ったものは、もはや作品とは呼べません。当時の日本の作家、デザイナー、音楽家、映画監督などあらゆる分野の表現者は、決して媚びずに独自の美学を貫いていました。その姿勢に深く共感し、敬意を抱いています。

 

インタビュー/構成:岩槻 歩(「映画芸術」編集部)
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