東京国際映画祭公式インタビュー 2026年11月3日
アジアの未来部門『低き所より』 →作品詳細

©2026 TIFF
キム・ヒョンミン(監督/脚本)
ソウルの大学へ通うユンスルは、兄を自殺で亡くして以来、久々に地方に住む母ヘスクの元へ帰省する。母娘は兄を救えなかった罪悪感を胸に抱え、気持ちを通わせることができず、教会でも人々の偏見に晒されて心の平安は得られない。ふたりは思いがけない事故に巻き込まれた後、教会でのある事件をきっかけに互いの感情をぶつけ合う。
ひとりの自殺者が出ると、その周囲にいる家族や友人の間で自殺を図るリスクが高まるという。そうした広範な近親者を韓国では「自殺遺族」と呼んでおり、普段、省みられる機会の少ない彼らの苦悩を社会に知らしめるために、キム・ヒョンミン監督はこの作品を作り上げた。社会の偏見と向き合い、母と娘が親子の絆を取り戻していくさまを見つめた監督に、初長編作に込めた思いをうかがった。
──監督は映画ジャーナリストの肩書きもお持ちですが、本作はその経験から生まれたのですか?
キム・ヒョンミン監督(以下、キム監督):そうではなく、これは個人的な関心から生まれた作品です。
──差し支えなければ、そのあたりのお話をお聞かせください。
キム監督:韓国は「自殺大国」であり、私もまた、近しい者の自殺がもたらした悲しみから逃れられない人間のひとりです。このような思いを抱える者たちの苦しみはこれまであまり映像化されてきませんでしたが、私は慰めや癒しは他者を知ることから始まると考えており、当事者たちの状況を映画にして、社会の水面下にある状態から少しでも引き上げたいと思いました。

──それで自殺者の内面ではなく、遺された者たちの苦悩を描くことにしたのですね。
キム監督:ええ。自殺者が出た家族の間では、自殺する確率がさらに高まるという研究結果があります。それほど彼らが抱えている苦しみや喪失感は深いというのに、社会的な配慮は十全ではありません。自殺という社会問題をつぶさに検証すると、「自殺遺族」──これは血縁関係だけでなく、故人の知人や心情的な繋がりがある人たちをも含めた韓国固有の概念です──への社会的なケアが足りないために、彼らの中からさらなる自殺者が出てくる場合も多いことから、私はこの問題をしっかりと見据えて描きたいと思いました。自殺という惨事から生き残った人たちのことを、韓国では「自殺生存者(Suicide Survivor)」と呼んでいますが、そうした言葉があるほど深い悲しみに囚われている人々がいるにもかかわらず、社会の関心は相対的に見てずっと低いままです。このことにぜひ関心を持ってほしかったんです。
──題材を扱うに当たって参考にした事柄は?
キム監督:脚本を書いてから、記事やエッセイ、論文を探したり、自殺遺族の心理センターで行われた当事者たちの思いを込めた演劇を見に行ったりして、見落としている事柄や間違ったアプローチをしている箇所がないか確認しました。
──母親のヘスク役のキム・ソンリョンさん、ユンスル役のキム・セウォンさんを起用した理由は?
キム監督:母親役には、新しいイメージを出せる中年の俳優を起用したいと思いました。キム・ソンリョンさんは普段、華やかで面白くて豪快な役を多く演じており、このように深くて暗い演技を見せたことはありません。ですから新鮮なイメージを引き出せると思いました。ユンスル役をキム・セウォンさんに決めたのは、私も新人なので、この役にぜひ新人俳優を使いたいと思ったからです。彼女が出演したインディーズ映画や短編映画を何本か観て、この方ならキム・ソンリョンさんと共演しても物怖じせずに演じてくれると思い、決めました。
──ベテランと新人の組み合わせで相性面も気になったのでは?
キム監督:脚本の読み合わせをしている段階で、ふたりの演技へのアプローチはそれぞれ異なることに気が付きました。キム・ソンリョンさんが分析的で論理的なアプローチをするとしたら、キム・セウォンさんは直感的で動物的なアプローチをするタイプなんです。ふたりともお互いの演技のアプローチを最初はすごく不思議がっていましたが、読み合わせを続けていくうちに息もぴったり合っていきました。この映画は悲しくて暗い内容ですが、読み合わせのときはいつも和やかで笑いが絶えませんでした。
──佇まいや無言の表情で見せていく芝居が多いですが、その点で留意したことは?
キム監督:撮影前の準備段階でキャストと頻繁に会っていた際、彼らがふと見せる表情を記憶に留めておき、撮影現場でその表情を求めたりしました。表情を作らず、ただじっとしてほしいと頼んだこともあります。悲しいことを考えれば悲しい表情が出るわけではないですし、ただじっとしているときに悲しい表情が出ることもあります。俳優をじっくり観察して、表情のストックを自分の中に持っていたことが役に立ちました。
──ユンスルは母親のことを「イ・ヘスクさん」と、フルネームに「さん」付けで携帯電話に登録しています。距離感の演出ですか?
キム監督: 距離感を感じる人もいれば、親密さを感じる人もいると思います。私としてはユンスルなりの愛情表現のつもりでそのようにしました。この呼び方は映画の中のセリフやナレーションにも反映され、ユンスルのヘスクに対する愛情の深さを伝えています。初めに距離感を感じられた方も、映画が進むにつれ、私の意図を理解してくださることと思います。
──教会の場面では、母娘が「自殺遺族」として過剰な思いやりや偏見を向けられているさまが浮き彫りになります。教会はこの映画の中でどんな役割を担っているのでしょう?
キム監督:私は教会を出すことで、私たちが社会の中で自殺遺族にどう接しているのかを伝えようとしました。「あなたはどう接していますか?」という問いかけからです。社会全体を直接表現する代わりに、韓国社会における平凡なひとつの共同体──韓国には本当に教会が多く、私自身も身を置いてきた共同体のひとつです──を、社会のひとつのサンプルとして映画の中に登場させました。その上で、隣人愛を謳うキリスト教の信者でさえ自殺遺族の心の苦しみを理解しておらず、きちんと慰めることも追悼することもできていないという状況を皮肉を込めて表現しました。
──病院でヘスクとユンスルがカウンセリングを受ける場面で、それぞれの心の違いが明らかになります。このシーンは編集もユニークですが、どのような意図で場面を構成しましたか?
キム監督:あの場面は、ふたりの感情がどんな状態なのかが客観的に現れ、言葉になる最初の瞬間です。同じ事故を経験して同じ自殺のトラウマに苛まれていても、それぞれが固有の苦しみを抱えている。その違いを強調したくて、ヘスクとカウンセラー、カウンセラーとユンスルを互い違いにカットバックする最中に、ヘスクとユンスルを繋ぐカットを挿入しました。そうすることで、心の距離はまだ離れているけれど、ふたりが互いに微かにでも対話を始めているような印象を与えたかったんです。
──ヘスクとユンスルが衝突する場面は7分ほどもある長丁場で、3つの部屋を移動しながら撮っています。脚本を書くのも演出するのも大変だったと思います。
キム監督:あの場面は私が大泣きしながら書いた場面で、セリフも赤裸々に書いたりぼかしたりしながらバランスを取っていきました。その前に教会で母親が「証し」をして出てきて、ふたりが車に乗って無言で家に戻っていきますよね。ここが前哨戦で、ヘスクの部屋が第1ラウンド、リビングが第2ラウンド、自殺した兄ソンチャンの部屋が第3ラウンドと考えて、だんだん強度が増す設計にしました。そしてあの場面だけ手持ちカメラを使用しました。4テイク撮影しましたが、生の感情が最も出ているファーストテイクを採用しました。
──パラパラ漫画はどんな意図で映画に入れたのですか?
キム監督:原題の『낮은 곳으로부터(低き所より)』と英語タイトル『On the Heights(高い所で)』の意味を組み合わせて、低くて暗い場所にいる人たちが下降を経て再び上昇していくイメージを思い描きながら、この映画の脚本を書きました。ですからあの絵も、果てしない墜落の最中にある人にも上昇してほしいという願いを込めて入れました。それがどんな救いの手であるのかは私にもわかりません。神かもしれないし、人の慰めかもしれないし、自分自身が差し出す手なのかもしれません。とにかくその思いを視覚化しました。
ちなみに、後半に登場するパラパラ漫画の場面では、誰があの絵を見ていると思いましたか?
──ユンスルだと思って見ていました。
キム監督:編集の流れの中ではユンスルと感じられますが、実はあれを見ているのは母親のヘスクであり、パラパラ漫画をめくる手もヘスク役のキム・ソンリョンさんのものなんです。ユンスルが描き加えた絵を母親のヘスクが後で見て慰められているというイメージであのカットを挟みました。
──余韻が残る素晴らしいエンディングです。どんな思いを込めましたか?
キム監督:私もユンスルのような地方出身者で、帰省して親と別れるときの切ない気持ちがよくわかります。それであのような展開にしました。母親は口には出さなくてもユンスルが必要としているものを知っています。彼女が懸命に稼いだお金でユンスルを支えてきたことを観客のみなさんに伝え、笑顔を見せないユンスルにも母親に笑顔をあげたい気持ちがあることを──その思いはスマイリーフェイスの飴玉に託されています──見せたいと思いました。ソンチャンの最後のメッセージを受け取れなかった母親に、「私は大丈夫だから」と伝えたい。ユンスルのそんな健気な思いを最後に託しました。
──監督ご自身、出演はされなかったのですか?
キム監督:実は、顔出しはしていませんが、声の出演はしています。事故が起きた後、ユンスルが携帯電話でニュース報道を目にしますが、記事を読む記者の声は私の声です。予算がなかったこともあり自分で吹き込みました(笑)。

インタビュー/構成:赤塚成人(四月社)
東京国際映画祭公式インタビュー 2026年11月3日
アジアの未来部門『低き所より』 →作品詳細

©2026 TIFF
キム・ヒョンミン(監督/脚本)
ソウルの大学へ通うユンスルは、兄を自殺で亡くして以来、久々に地方に住む母ヘスクの元へ帰省する。母娘は兄を救えなかった罪悪感を胸に抱え、気持ちを通わせることができず、教会でも人々の偏見に晒されて心の平安は得られない。ふたりは思いがけない事故に巻き込まれた後、教会でのある事件をきっかけに互いの感情をぶつけ合う。
ひとりの自殺者が出ると、その周囲にいる家族や友人の間で自殺を図るリスクが高まるという。そうした広範な近親者を韓国では「自殺遺族」と呼んでおり、普段、省みられる機会の少ない彼らの苦悩を社会に知らしめるために、キム・ヒョンミン監督はこの作品を作り上げた。社会の偏見と向き合い、母と娘が親子の絆を取り戻していくさまを見つめた監督に、初長編作に込めた思いをうかがった。
──監督は映画ジャーナリストの肩書きもお持ちですが、本作はその経験から生まれたのですか?
キム・ヒョンミン監督(以下、キム監督):そうではなく、これは個人的な関心から生まれた作品です。
──差し支えなければ、そのあたりのお話をお聞かせください。
キム監督:韓国は「自殺大国」であり、私もまた、近しい者の自殺がもたらした悲しみから逃れられない人間のひとりです。このような思いを抱える者たちの苦しみはこれまであまり映像化されてきませんでしたが、私は慰めや癒しは他者を知ることから始まると考えており、当事者たちの状況を映画にして、社会の水面下にある状態から少しでも引き上げたいと思いました。

──それで自殺者の内面ではなく、遺された者たちの苦悩を描くことにしたのですね。
キム監督:ええ。自殺者が出た家族の間では、自殺する確率がさらに高まるという研究結果があります。それほど彼らが抱えている苦しみや喪失感は深いというのに、社会的な配慮は十全ではありません。自殺という社会問題をつぶさに検証すると、「自殺遺族」──これは血縁関係だけでなく、故人の知人や心情的な繋がりがある人たちをも含めた韓国固有の概念です──への社会的なケアが足りないために、彼らの中からさらなる自殺者が出てくる場合も多いことから、私はこの問題をしっかりと見据えて描きたいと思いました。自殺という惨事から生き残った人たちのことを、韓国では「自殺生存者(Suicide Survivor)」と呼んでいますが、そうした言葉があるほど深い悲しみに囚われている人々がいるにもかかわらず、社会の関心は相対的に見てずっと低いままです。このことにぜひ関心を持ってほしかったんです。
──題材を扱うに当たって参考にした事柄は?
キム監督:脚本を書いてから、記事やエッセイ、論文を探したり、自殺遺族の心理センターで行われた当事者たちの思いを込めた演劇を見に行ったりして、見落としている事柄や間違ったアプローチをしている箇所がないか確認しました。
──母親のヘスク役のキム・ソンリョンさん、ユンスル役のキム・セウォンさんを起用した理由は?
キム監督:母親役には、新しいイメージを出せる中年の俳優を起用したいと思いました。キム・ソンリョンさんは普段、華やかで面白くて豪快な役を多く演じており、このように深くて暗い演技を見せたことはありません。ですから新鮮なイメージを引き出せると思いました。ユンスル役をキム・セウォンさんに決めたのは、私も新人なので、この役にぜひ新人俳優を使いたいと思ったからです。彼女が出演したインディーズ映画や短編映画を何本か観て、この方ならキム・ソンリョンさんと共演しても物怖じせずに演じてくれると思い、決めました。
──ベテランと新人の組み合わせで相性面も気になったのでは?
キム監督:脚本の読み合わせをしている段階で、ふたりの演技へのアプローチはそれぞれ異なることに気が付きました。キム・ソンリョンさんが分析的で論理的なアプローチをするとしたら、キム・セウォンさんは直感的で動物的なアプローチをするタイプなんです。ふたりともお互いの演技のアプローチを最初はすごく不思議がっていましたが、読み合わせを続けていくうちに息もぴったり合っていきました。この映画は悲しくて暗い内容ですが、読み合わせのときはいつも和やかで笑いが絶えませんでした。
──佇まいや無言の表情で見せていく芝居が多いですが、その点で留意したことは?
キム監督:撮影前の準備段階でキャストと頻繁に会っていた際、彼らがふと見せる表情を記憶に留めておき、撮影現場でその表情を求めたりしました。表情を作らず、ただじっとしてほしいと頼んだこともあります。悲しいことを考えれば悲しい表情が出るわけではないですし、ただじっとしているときに悲しい表情が出ることもあります。俳優をじっくり観察して、表情のストックを自分の中に持っていたことが役に立ちました。
──ユンスルは母親のことを「イ・ヘスクさん」と、フルネームに「さん」付けで携帯電話に登録しています。距離感の演出ですか?
キム監督: 距離感を感じる人もいれば、親密さを感じる人もいると思います。私としてはユンスルなりの愛情表現のつもりでそのようにしました。この呼び方は映画の中のセリフやナレーションにも反映され、ユンスルのヘスクに対する愛情の深さを伝えています。初めに距離感を感じられた方も、映画が進むにつれ、私の意図を理解してくださることと思います。
──教会の場面では、母娘が「自殺遺族」として過剰な思いやりや偏見を向けられているさまが浮き彫りになります。教会はこの映画の中でどんな役割を担っているのでしょう?
キム監督:私は教会を出すことで、私たちが社会の中で自殺遺族にどう接しているのかを伝えようとしました。「あなたはどう接していますか?」という問いかけからです。社会全体を直接表現する代わりに、韓国社会における平凡なひとつの共同体──韓国には本当に教会が多く、私自身も身を置いてきた共同体のひとつです──を、社会のひとつのサンプルとして映画の中に登場させました。その上で、隣人愛を謳うキリスト教の信者でさえ自殺遺族の心の苦しみを理解しておらず、きちんと慰めることも追悼することもできていないという状況を皮肉を込めて表現しました。
──病院でヘスクとユンスルがカウンセリングを受ける場面で、それぞれの心の違いが明らかになります。このシーンは編集もユニークですが、どのような意図で場面を構成しましたか?
キム監督:あの場面は、ふたりの感情がどんな状態なのかが客観的に現れ、言葉になる最初の瞬間です。同じ事故を経験して同じ自殺のトラウマに苛まれていても、それぞれが固有の苦しみを抱えている。その違いを強調したくて、ヘスクとカウンセラー、カウンセラーとユンスルを互い違いにカットバックする最中に、ヘスクとユンスルを繋ぐカットを挿入しました。そうすることで、心の距離はまだ離れているけれど、ふたりが互いに微かにでも対話を始めているような印象を与えたかったんです。
──ヘスクとユンスルが衝突する場面は7分ほどもある長丁場で、3つの部屋を移動しながら撮っています。脚本を書くのも演出するのも大変だったと思います。
キム監督:あの場面は私が大泣きしながら書いた場面で、セリフも赤裸々に書いたりぼかしたりしながらバランスを取っていきました。その前に教会で母親が「証し」をして出てきて、ふたりが車に乗って無言で家に戻っていきますよね。ここが前哨戦で、ヘスクの部屋が第1ラウンド、リビングが第2ラウンド、自殺した兄ソンチャンの部屋が第3ラウンドと考えて、だんだん強度が増す設計にしました。そしてあの場面だけ手持ちカメラを使用しました。4テイク撮影しましたが、生の感情が最も出ているファーストテイクを採用しました。
──パラパラ漫画はどんな意図で映画に入れたのですか?
キム監督:原題の『낮은 곳으로부터(低き所より)』と英語タイトル『On the Heights(高い所で)』の意味を組み合わせて、低くて暗い場所にいる人たちが下降を経て再び上昇していくイメージを思い描きながら、この映画の脚本を書きました。ですからあの絵も、果てしない墜落の最中にある人にも上昇してほしいという願いを込めて入れました。それがどんな救いの手であるのかは私にもわかりません。神かもしれないし、人の慰めかもしれないし、自分自身が差し出す手なのかもしれません。とにかくその思いを視覚化しました。
ちなみに、後半に登場するパラパラ漫画の場面では、誰があの絵を見ていると思いましたか?
──ユンスルだと思って見ていました。
キム監督:編集の流れの中ではユンスルと感じられますが、実はあれを見ているのは母親のヘスクであり、パラパラ漫画をめくる手もヘスク役のキム・ソンリョンさんのものなんです。ユンスルが描き加えた絵を母親のヘスクが後で見て慰められているというイメージであのカットを挟みました。
──余韻が残る素晴らしいエンディングです。どんな思いを込めましたか?
キム監督:私もユンスルのような地方出身者で、帰省して親と別れるときの切ない気持ちがよくわかります。それであのような展開にしました。母親は口には出さなくてもユンスルが必要としているものを知っています。彼女が懸命に稼いだお金でユンスルを支えてきたことを観客のみなさんに伝え、笑顔を見せないユンスルにも母親に笑顔をあげたい気持ちがあることを──その思いはスマイリーフェイスの飴玉に託されています──見せたいと思いました。ソンチャンの最後のメッセージを受け取れなかった母親に、「私は大丈夫だから」と伝えたい。ユンスルのそんな健気な思いを最後に託しました。
──監督ご自身、出演はされなかったのですか?
キム監督:実は、顔出しはしていませんが、声の出演はしています。事故が起きた後、ユンスルが携帯電話でニュース報道を目にしますが、記事を読む記者の声は私の声です。予算がなかったこともあり自分で吹き込みました(笑)。

インタビュー/構成:赤塚成人(四月社)