2026.11.04 [イベントレポート]
コメディと過酷な歴史の二面を描く『ワイルド・ホース・ナイン』、チリの知られざる歴史背景を専門家が解説

第39回東京国際映画祭ガラ・セレクションで、マーティン・マクドナー監督作『ワイルド・ホース・ナイン』が11月3日に上映され、獨協大学国際教養学部教授でラテンアメリカ地域研究専門の浦部浩之氏と、ウォルト・ディズニー・ジャパンの平山義成氏が登壇し、作品とその背景にあるチリの歴史を語った。

第83回ベネチア国際映画祭で、ジョン・マルコビッチが最優秀男優賞を受賞した本作は、チリ・クーデター直前の1973年、CIAエージェントのクリス(ジョン・マルコビッチ)とリー(サム・ロックウェル)が任務でイースター島を訪れる物語。それぞれの重い過去と進行中の陰謀に葛藤を覚え、また現地での女学生ふたりとの運命的な出会いを描く。

チリに留学経験のある浦部氏は、本作を鑑賞し「CIAの2人が様々に行動しているというのは、当時の軍事政権下、あるいは軍事政権の直前のクーデターを画策するチリの、実際にあった深刻な問題。ただ、私には、主人公よりも2人の女学生が非常に印象に残りました。映画の物語はフィクションだと思いますが、ここに描かれる女性が直面していた深刻な問題、恐怖、場合によっては命を落としたかもしれないという危険というのは、実際のチリの非常によくあった当時の状況を描いていたと思う」と感想を述べる。

さらに、高校の生徒会長を務めていたというだけの理由でスウェーデンへ亡命せざるを得なかった当時の知人のエピソードに触れ、「日常の中に監視や恐怖が存在していた」と回想。「この地域の軍事政権の研究をしていて、私が素朴に感じていたものは、「人はそんなにも簡単に人を殺せるものなのだろうか」ということでした」と述べ、「チリ、あるいはラテンアメリカの軍事政権で、民主化した後、よく議論になるのは、この人権侵害の責任が司令官にあるのか、それとも下で働いて実際に手を下した人にあるのかということです」と話す。

平山氏は、本作製作の経緯としてマクドナー監督が15年ほど前にイースター島を訪れ、自分の将来の創作の場所のヒントになると感じたというエピソードを披露。また、監督が少年時代に好きで聞いていた、イギリスのバンド、ザ・クラッシュの1980年の「サンディニスタ!」というアルバムに収録されている「ワシントンの銃弾」という曲で、チリのクーデターが触れられていたことも、インスピレーション源となったと明かす。

完成した映画を鑑賞した平山氏も、浦部氏同様に女子大生モニカのキャラクターが印象深かったそうで「彼女の表情の変化が、すごく印象に残り、彼女の存在がこの映画のリアリティを支えていると感じた」と物語の核心となる場面にも言及した。

浦部氏も「CIAの主人公も、誰を信じていいのか分からない状況になっています。当時のチリも、人と人がいったい誰を信じていいのかわからない状況になっていた。これはおそらくチリだけではなくて、人間の問題なのではないかというのが、私のチリでの生活とも重なっていた」と感慨深げに語った。

平山氏は「この映画はコメディとして作られている一方で、今、浦部先生から伺った非常にシリアスな状況を描いていることももう1つの真実」と切り出し、そのポイントとして、劇中の「大義のためには汚い仕事も必要になる」というセリフを挙げ、「2回出てくるのですが、意味が微妙にずれるんです。これがこの映画の善悪を超えた1つの非常に深いポイントだと思う」と紹介した。

また、観客からの「西部劇のエッセンスが散りばめられているのではないか」という質問に対し、平山氏は「男2人の、それも尻尾(弱み)を抱えた話であり、タイトルの『ワイルド・フォース・ナイン』という馬。ジョン・フォード・ポイントも映され、監督は非常にウェスタンのエッセンスを意識してこの映画を仕上げたと思っています」と、マクドナー監督の演出的意図を語った。

最後に、浦部氏は作品をより深く楽しむための視点として「2人の女性たちの表情、行動、その変化」に注目してほしいと述べ、「最後に何を考えていたんだろうという気持ち、そういうことを想像してみたら、また別の見方ができるのではないかなと思います」とメッセージを送った。映画は2027年1月29日公開。
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