2026.11.05 [インタビュー]
「オーディションをした子どもたちに“自然体”を望んだのは、キアロスタミ監督から学んだことです」アジアの未来部門『シルバー』公式インタビュー

東京国際映画祭公式インタビュー 2026年11月2日
アジアの未来部門『シルバー』 →作品詳細
シルバー

©2026 TIFF

ソヘイル・カリミ(監督・右)、モハマッド・ガラハンルー(プロデューサー・左)

 

イラン北部の素朴な村の生活、都会の人たちのカオス、そして温かな人情…。イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミの名作『友だちのうちはどこ?』(87)を彷彿とさせる作風でありながら、今を生きる子どもの心情を巧みに切り取った『シルバー』。本作の監督ソヘイル・カリミとプロデューサーのモハマッド・ガラハンルーに、製作の裏側をうかがった。

 

 

──本作の企画が始まったきっかけを教えてください。

 

ソヘイル・カリミ監督(以下、カリミ監督):この物語のもとになったのは4年前のことです。それより前にイラン北部を旅行した際、本作のキャラクターであるマリアム一家に似た母子に出会いました。彼女たちは牛を1頭飼い、村で牛乳を売って生計を立てていたのですが、その姿を見てインスピレーションが湧いたんです。村の生活は厳しいものですが、詩的で愛があり、貧困と平和が共存していて、「これを映画にしたらどうなるだろう」と考え脚本の執筆を始めました。プロットをロッテルダム国際映画祭のフーベルト・バルス基金に提出したところ選出され、映画化への道が開けました。そこからモハマッド・ガラハンルーさんとともに製作を開始し、昨年ようやく形になりました。

 

──キアロスタミの系譜に連なるジャファール・パナヒやバフマン・ゴバディといったベテラン監督に続く、新たな世代の監督が現れましたね。

 

モハマッド・ガラハンルー(以下、ガラハンルー):本当にそう思います。作風がキアロスタミ監督のスタイルにとても似ているのですが、それだけではありません。正直に言うと、私が観てきたイラン映画の多くは政治的な色合いが強くなりすぎてしまったと感じていました。それと同時に、世界的に見ても大人向けの社会派作品の急増がトレンドとなり、子どもの世界を描いた作品が少なくなっていることに疑問を抱いていたんです。子どもたちの純粋さや心の平穏を描いた作品を作りたいと思っていたところ、カリミ監督からこの企画が持ち上がったのは運命的でした。監督とは以前から脚本の相談をし合ったり、友人としての関係性もあったりしたので、一緒にこの作品を仕上げることができて幸せです。こうして彼を「新しい世代のキアロスタミ」として紹介できますからね。

 

カリミ監督:キアロスタミ監督には最大の敬意を払っています。

 

ガラハンルー:もちろんベテラン監督の皆さんを大いに尊敬していますが、変化は新世代がもたらすべきですから。

 

──子どもたちに芝居をつけるのは難しいことだと思います。キャスティングから現場までのプロセスはいかがでしたか?

 

カリミ監督:企画段階では演技の訓練を受けている子役を使おうと思っていたのですが、やはりイラン北部、あるいは劇中の村のような場所の空気を肌で知っている子どもでなければこの物語は描けないと考え直し、イラン北部にあるラシュトという街でオーディションを行いました。およそ200人を審査し、主人公をはじめとする子どもたちを選んでいます。

 

──経験のない子どもたちにカメラの前で芝居をさせるのは、骨が折れたのではないでしょうか。

 

カリミ監督:それが幸いなことに、全員飲み込みが早かったんですよ。私も最初は大変なことになるだろうと腹をくくっていたのですが、実際にやってみるとみんな賢くて、1シーンあたり10分から15分ほどしかかかりませんでした。もちろん難しいシーンはそうはいきませんでしたが、それでも1〜2日ほどシーンの意図や演技について説明し、現場で30分ほど練習すればこちらの希望通りに動いてくれるんです。とてもピュアな子どもたちだったので本当に助かりました。

 

──経験のあるプロの子役でも、そこまでのスピード感はめったに見られませんね。

 

カリミ監督:それに素人を起用したのには、先ほどお話ししたこと以外にも理由があります。それは「自然体」であること。シーンの状況を説明し、彼らから最初に出てきたリアクションをそのまま受け取るような、一種のアドリブを交えたセリフがほしかったんです。台本を読み込んで芝居をする一般的なアプローチでは、セリフを朗読するような不自然さが出てしまい、伝わるものも伝わらなくなってしまいます。これはキアロスタミ監督の映画のメイキングから学んだ手法です。このアプローチのおかげで、村の子どもたちの生活を豊かに、そしてリアルに描くことができました。

 

──そのなかでも、一番苦労したシーンはやはり市場でしょうか?

 

カリミ監督:そうです。ササンがネックレスを売ろうとしたところ、おじさんに騙し取られ、追いかけて怒りをあらわにするあのシーンですね。最初にやってみたところ、彼から怒りの感情があまり伝わってこなかったので、カメラを止めてそのシーンを9回ほど繰り返させました。すると、子どもは疲れて本気で苛立ち始めるんです。その苛立ちが頂点に達したところでカメラを回し、最終的には15テイクほどでOKを出しました。ここまでテイクを重ねたのはあのシーンくらいですが、求めていた表現にたどり着けたと思っています。

 

──当然、ササン役のパルサ・シガルチさんも素人だったのですね。

 

カリミ監督:はい、特にササンは素人が演じるべき役だと考えていましたので、彼に演じてもらって本当によかったです。この作品が東京国際映画祭に出品されることが決まってから、彼のもとにはインドネシアからの出演オファーがあったり、イランの著名な監督から声がかかったりと、彼の人生も大きく変わりました。将来が非常に有望な俳優になってくれて嬉しいです。

 

──かなりスピーディに撮影が進んだとのことですが、全編ロケ撮影となると時間管理の面で困難もあったのではありませんか?

 

カリミ監督:目標として24日間を設定していました。テヘランからロケ地のラシュトへ向かう道中、プロデューサーと「時間がかかるだろうね」と話していましたし、プリプロ段階でもスケジュール通りにはいかないだろうと覚悟していたんです。しかし、子どもたちにてこずったのは初日だけでした。順調にいけば2〜3日早くクランクアップしそうな勢いでしたが、雨で2日間撮影が中断したため、結果的に予定通りの24日間で終えることができました。

 

ガラハンルー:プロデューサーとしてはありがたい限りでした。チーム全員が家族のように助け合いながら進められたことが勝因です。撮影開始当初、私は現場には同行せず24時間電話がつながる状態で待機していたのですが、宿泊先やロケ地の調整といった問題が生じたため、現場入りして腰を据えて取り組みました。すると現場の雰囲気がガラリと変わり、すべてが円滑に進むようになったんです。その団結力は今も続いていて、当時のスタッフが事務所に遊びに来てくれたり、別の短編映画に参加してくれたりしています。このチームでの次回作もすでに考えており、VOD配信向けのカリミ監督によるシリーズ作品を検討中です。

 

カリミ監督:この作品が映画祭をきっかけに広がってくれれば、同じトーンと形式で、子どもと家族、愛、人間性をテーマにした3部作を作りたいとも考えています。

 

──モデルになった村では撮影できなかったそうですね。

 

カリミ監督:そのため、プリプロ段階でギーラーン州のロケ地を探したところ、ダム建設に伴い住民が立ち退いた村を見つけ、そこに決めました。ほとんどの住民は引っ越したあとでしたが、2世帯だけ残っていたため、その方々には撮影だけでなくスタッフのケアなどもサポートしていただきました。舞台としては最高で「天然のオープンセットを見つけたね」と話し合ったほどですが、あの村はおそらく来年には水没し、ダムの底に沈む予定です。

 

──偶然とはいえ、奇跡的なタイミングでロケ地に出会えましたね。

 

カリミ監督:普段は人の出入りがない静かな村でしたから、最初の数日はかなり大変でした。早朝から20台ほどの車が押し寄せてカメラを回し始めるわけですから、当然騒ぎになります。村を離れていた元住民の方々が「家を傷つけられるのではないか」と不安になり、村に戻ってきて撮影を制止しようとすることもありました。しかし、私たちが真摯に良い映画を撮ろうとしていること、村の名前を広く残すための作品であること、そしてスタッフ全員が家族のような関係性で臨んでいることが伝わると、非常に協力的になってくださったんです。空き家を休憩所や寝床として開放してくれたり、食事を振る舞ってくれたり…。村でのロケが終わるころには、元住民の方々も含めて全員が名残惜しく感じるほどの絆が生まれていました。

 

──スクリーンから伝わる優しさや温かさは、現場を支えた現地の方々の思いも反映されていたのですね。

 

カリミ監督:本当にその通りだと思います。偶然見つけた、いずれ消えゆくあの村と、そこにいた人たちの記憶を残す作品にもなったと感じています。

 

ガラハンルー:これこそが神の恵みだと思っています。

 

──ちなみに、モデルとなった母子には映画の完成を報告されたのでしょうか?

 

カリミ監督:撮影終了後、妻と一緒にその村を訪れ、ご本人たちに直接お会いしました。「あなた方の暮らしから着想を得て映画を制作しました」とお伝えし、快諾をいただいています。その後は、ポスプロや映画祭出品の作業に追われていたため今後の話になりますが、作品が良い結果を残すことができたら、プロデューサーと一緒にあの村へ戻り、村の生活を支える支援を行いたいと考えています。具体的には、有志からの寄付も募りつつ、来年3月のイランの新年の時期に村を訪れ、衣類の寄付や小さな図書館・診療所の開設、子どもたちが通学しやすくなるようなスクールバスの提供などを検討しているところです。

 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
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