東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月29日
アジアの未来部門『EDJOP(エジョプ)』→作品詳細

©2026 TIFF
カツキ・フローレス(監督/脚本/エグゼクティブ・プロデューサー/プロデューサー・右)、イライジャ・カンラス(俳優・左)
1972年、フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は戒厳令を施行し、厳しい弾圧が行われた。学生運動家のエドガー・ジョプソンは大統領退陣を求めて行動するが、1982年に銃殺された。20年以上の経験を誇る監督のカツキ・フローレスは、現代を生きるエドガーの長女ジョイエットの生活と父親の軌跡を並行して描くことで、過去の英雄の思いをビビッドに浮かび上がらせる。主演のイライジャ・カンラスはフィリピンの人気俳優だ。
──作品を興味深く拝見いたしました。この作品はどのようにスタートしたのですか?
カツキ・フローレス監督(以下、フローレス監督):2021年にエドガーの娘のジョイエットから相談を受けたのです。彼女は私が12歳の頃からの友人で長い付き合いになります。彼女は父親についての映画に取り組んでいましたが、うまくいかないのでちょっと見てくれないかということでした。私自身、彼女のお父さんのファンでしたから、ぜひやってみたいと思って、リサーチ、撮影、編集に従事し5年も費やしました。
──娘さんとご本人の軌跡が並行して綴られていく展開ですが、最初から決まっていたのですか?
フローレス監督:ジョイエットが企画を持ってきた時点ですでに脚本があったので、ゼロから作り直させてくれるなら引き受けると言いました。初稿にはジョイエットの物語は一切入っておらず、父親だけの物語でした。共同脚本家や映画制作者の友人たちに脚本を読んでもらったところ、全員が、エドガーの物語は素晴らしいけれど、今の世代にとってリアルに響く何かが欠けている、と指摘されました。むしろエドガーの娘としての彼女の物語こそが、若い世代には興味深いのではないかと考えました。なぜなら、エドガーの子どもの中で彼女だけが「反・革命的」だったからです。彼女はお父さんのやったことを好ましく思っていなかった。だからこそ彼女は、私たちの世代を代表していると感じたのです。過去に何が起きたかや、エドガーのような人々が払った犠牲について、もう気に留めなくなってしまった世代です。
──娘さんと同じ世代の監督が、娘の物語を取り入れることで父の時代や行動を判断する。ある意味で娘さんのわだかまりみたいなものも共有できて、こういう作りになったと思われます。挑んでみて監督がどういう考えをお持ちになったか興味があります。
フローレス監督:手短にお答えすると、ジョイエットと私は全く違う人間です。映画の中のジョイエットは、本質的に彼女そのもの。彼女は政治に関心がなく何も言わなかったし、何かにアクティブに関わったことも一度もありませんでした。地下組織を嫌い、活動家運動を嫌っていました。彼女はいわば「反・革命的」で、人々が思い描くような「革命家の娘」とは相容れない存在です。ただ、私はそうではありません。私は自分自身を非常に政治的にアクティブだと考えています。ひとりで抗議集会に行ったこともありますし、ソーシャルメディア上でもはっきりと発言します。「私の世代に対する告発」であるというのは事実です。私たちは無気力になり、関心を持たなくなってしまいました。投げ出してしまったんです。一種の「断罪」です。私は私たち自身の世代を断罪しているのです。

──なるほど。エドガーのことを語るときに、娘さんの話を加えないと、もはや興味を持ってもらえないという状況があるわけですね?
フローレス監督:私はもうすぐ47歳になりますが、若い世代はマルコスや戒厳令について何も知りません。だから映画を作る必要性を感じました。さらに言えば、思われているほどエドガーは有名ではありません。私はジョイエットが友人であり、社会意識の高い学校で育ったという環境にいただけです。映画制作を始めたとき、多くの高齢者や年配の方々でさえ、「もう誰もエドガーが誰なのかなんて知らないよ」と言っていました。エドガーと同時代を生きた人々の中には、もっと有名な人たちがいます。でも、彼らについての映画も作られてはいません。
──作品が生まれたのはマルコスの息子が現在の大統領なのも関係していますか?
フローレス監督:100パーセント関係しています。2021年にスタートしたとき、ドゥテルテが大統領でした。映画を始めた時点では、マルコスが勝つかどうかは分かっていませんでした。まだ制作を進めている最中にマルコスが勝利しました。彼が勝ったことで、この映画を作ることが私たちにとってより一層、緊急の課題となったのです。少し補足すると、過去15年の間に為政者が歴史を書き換え、エドガーの時代、戒厳令の時代が実際ほど悪くはなかったかのように見せかけることに成功したからです。だからこそ彼らの一族が権力に返り咲いたのです。
──カンラスさんは英雄的な人物を演じるにあたってどんな形で臨まれたのか、また演じてみてどういう風に感じられましたか。
イライジャ・カンラス(以下、カンラス):実は最初、若い頃のエドガー役で高校時代のシーンだけのオファーだったのです。でも、僕自身も高校や大学時代に学生運動をしていた経験がありました。だからこのプロジェクトに参加できることは夢のようでした。エドガーの生涯すべてを演じさせてほしいと強くアプローチしました。彼の功績を知っていましたし、僕のような俳優にとって彼を演じることは本当に意味のあることだと思ったからです。最終的に役をつかんだときから本格的な作業が始まりました。参考資料として、「U.G.」(「U.G. An Underground Tale: The Journey of Edgar Jopson and the First Quarter Storm Generation」)という本を読まなければなりませんでした。ベンジャミン・ピメンテルが書いた本です。

──伝記を熟読したわけですね。
カンラス:監督はワークショップを行うことに非常に熱心で、シーンワークを行い、この人物について学び、彼の身体性を捉えようとしました。異なる年齢の彼を演じ分けなければならなかったからです。最初に撮影を始めたとき、僕はまだ23歳でした。撮り終えるのにほぼ3年かかりました。地に足のついた落ち着きや、重厚感を身につけねばなりませんでした。監督は、エドガーの外見を真似るのではなく彼の本質を捉えてほしいと言いました。それが僕にとって最も重要な部分でした。
──監督はいつも、政治的なテーマを制作の条件として作られているのですか?
フローレス監督:私は自分自身を「政治的な映画作家」だとは思っています。私はポリティカル(政治的)です。国のことを気にかけていますし、愛国者です。時には気にしすぎているくらいだと思います。ただ、特定のジャンルの映画だけが私の唯一の関心事だとは思いません。私はあらゆるものが政治的だと考えています。仮にラブストーリーやホラー映画を作るとしても、そこには何らかの社会批評が込められるでしょう。それは単に、私がこの世界で起きていることに強い関心を持っているからだと思います。正義というテーマに情熱を持っています。ジャンルが何であれね。
インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)
東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月29日
アジアの未来部門『EDJOP(エジョプ)』→作品詳細

©2026 TIFF
カツキ・フローレス(監督/脚本/エグゼクティブ・プロデューサー/プロデューサー・右)、イライジャ・カンラス(俳優・左)
1972年、フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は戒厳令を施行し、厳しい弾圧が行われた。学生運動家のエドガー・ジョプソンは大統領退陣を求めて行動するが、1982年に銃殺された。20年以上の経験を誇る監督のカツキ・フローレスは、現代を生きるエドガーの長女ジョイエットの生活と父親の軌跡を並行して描くことで、過去の英雄の思いをビビッドに浮かび上がらせる。主演のイライジャ・カンラスはフィリピンの人気俳優だ。
──作品を興味深く拝見いたしました。この作品はどのようにスタートしたのですか?
カツキ・フローレス監督(以下、フローレス監督):2021年にエドガーの娘のジョイエットから相談を受けたのです。彼女は私が12歳の頃からの友人で長い付き合いになります。彼女は父親についての映画に取り組んでいましたが、うまくいかないのでちょっと見てくれないかということでした。私自身、彼女のお父さんのファンでしたから、ぜひやってみたいと思って、リサーチ、撮影、編集に従事し5年も費やしました。
──娘さんとご本人の軌跡が並行して綴られていく展開ですが、最初から決まっていたのですか?
フローレス監督:ジョイエットが企画を持ってきた時点ですでに脚本があったので、ゼロから作り直させてくれるなら引き受けると言いました。初稿にはジョイエットの物語は一切入っておらず、父親だけの物語でした。共同脚本家や映画制作者の友人たちに脚本を読んでもらったところ、全員が、エドガーの物語は素晴らしいけれど、今の世代にとってリアルに響く何かが欠けている、と指摘されました。むしろエドガーの娘としての彼女の物語こそが、若い世代には興味深いのではないかと考えました。なぜなら、エドガーの子どもの中で彼女だけが「反・革命的」だったからです。彼女はお父さんのやったことを好ましく思っていなかった。だからこそ彼女は、私たちの世代を代表していると感じたのです。過去に何が起きたかや、エドガーのような人々が払った犠牲について、もう気に留めなくなってしまった世代です。
──娘さんと同じ世代の監督が、娘の物語を取り入れることで父の時代や行動を判断する。ある意味で娘さんのわだかまりみたいなものも共有できて、こういう作りになったと思われます。挑んでみて監督がどういう考えをお持ちになったか興味があります。
フローレス監督:手短にお答えすると、ジョイエットと私は全く違う人間です。映画の中のジョイエットは、本質的に彼女そのもの。彼女は政治に関心がなく何も言わなかったし、何かにアクティブに関わったことも一度もありませんでした。地下組織を嫌い、活動家運動を嫌っていました。彼女はいわば「反・革命的」で、人々が思い描くような「革命家の娘」とは相容れない存在です。ただ、私はそうではありません。私は自分自身を非常に政治的にアクティブだと考えています。ひとりで抗議集会に行ったこともありますし、ソーシャルメディア上でもはっきりと発言します。「私の世代に対する告発」であるというのは事実です。私たちは無気力になり、関心を持たなくなってしまいました。投げ出してしまったんです。一種の「断罪」です。私は私たち自身の世代を断罪しているのです。

──なるほど。エドガーのことを語るときに、娘さんの話を加えないと、もはや興味を持ってもらえないという状況があるわけですね?
フローレス監督:私はもうすぐ47歳になりますが、若い世代はマルコスや戒厳令について何も知りません。だから映画を作る必要性を感じました。さらに言えば、思われているほどエドガーは有名ではありません。私はジョイエットが友人であり、社会意識の高い学校で育ったという環境にいただけです。映画制作を始めたとき、多くの高齢者や年配の方々でさえ、「もう誰もエドガーが誰なのかなんて知らないよ」と言っていました。エドガーと同時代を生きた人々の中には、もっと有名な人たちがいます。でも、彼らについての映画も作られてはいません。
──作品が生まれたのはマルコスの息子が現在の大統領なのも関係していますか?
フローレス監督:100パーセント関係しています。2021年にスタートしたとき、ドゥテルテが大統領でした。映画を始めた時点では、マルコスが勝つかどうかは分かっていませんでした。まだ制作を進めている最中にマルコスが勝利しました。彼が勝ったことで、この映画を作ることが私たちにとってより一層、緊急の課題となったのです。少し補足すると、過去15年の間に為政者が歴史を書き換え、エドガーの時代、戒厳令の時代が実際ほど悪くはなかったかのように見せかけることに成功したからです。だからこそ彼らの一族が権力に返り咲いたのです。
──カンラスさんは英雄的な人物を演じるにあたってどんな形で臨まれたのか、また演じてみてどういう風に感じられましたか。
イライジャ・カンラス(以下、カンラス):実は最初、若い頃のエドガー役で高校時代のシーンだけのオファーだったのです。でも、僕自身も高校や大学時代に学生運動をしていた経験がありました。だからこのプロジェクトに参加できることは夢のようでした。エドガーの生涯すべてを演じさせてほしいと強くアプローチしました。彼の功績を知っていましたし、僕のような俳優にとって彼を演じることは本当に意味のあることだと思ったからです。最終的に役をつかんだときから本格的な作業が始まりました。参考資料として、「U.G.」(「U.G. An Underground Tale: The Journey of Edgar Jopson and the First Quarter Storm Generation」)という本を読まなければなりませんでした。ベンジャミン・ピメンテルが書いた本です。

──伝記を熟読したわけですね。
カンラス:監督はワークショップを行うことに非常に熱心で、シーンワークを行い、この人物について学び、彼の身体性を捉えようとしました。異なる年齢の彼を演じ分けなければならなかったからです。最初に撮影を始めたとき、僕はまだ23歳でした。撮り終えるのにほぼ3年かかりました。地に足のついた落ち着きや、重厚感を身につけねばなりませんでした。監督は、エドガーの外見を真似るのではなく彼の本質を捉えてほしいと言いました。それが僕にとって最も重要な部分でした。
──監督はいつも、政治的なテーマを制作の条件として作られているのですか?
フローレス監督:私は自分自身を「政治的な映画作家」だとは思っています。私はポリティカル(政治的)です。国のことを気にかけていますし、愛国者です。時には気にしすぎているくらいだと思います。ただ、特定のジャンルの映画だけが私の唯一の関心事だとは思いません。私はあらゆるものが政治的だと考えています。仮にラブストーリーやホラー映画を作るとしても、そこには何らかの社会批評が込められるでしょう。それは単に、私がこの世界で起きていることに強い関心を持っているからだと思います。正義というテーマに情熱を持っています。ジャンルが何であれね。
インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)