2026.11.01 [イベントレポート]
ポルトガル映画『獄中の記憶』監督&主演が明かす、撮影や音楽の演出手法
『獄中の記憶』

第39回東京国際映画祭コンペティション部門『獄中の記憶』のQ&Aが10月31日、ヒューリックホール東京で行われ、セルジオ・グラシアーノ監督と主演のマリア・ジョアン・バストスが登壇した。

本作は、19世紀ポルトガルの作家カミーロ・カステロ・ブランコと、その恋人アナ・プラシードの実人生を背景に、2人が投獄された時期を描く。既婚者だったアナとの関係をめぐって逮捕・収監されたカステロ・ブランコは、その獄中体験をもとに「Memórias do Cárcere(獄中の記憶)」を執筆した。Q&Aでは、原作の映画化に至った経緯や、実在の人物を演じるにあたっての役作り、撮影や音楽の演出などについて語られた。

冒頭、グラシアーノ監督とバストスは、作品を鑑賞した観客に感謝を述べ、日本で本作を紹介できることへの喜びを語った。また、聞き手を務めた市山尚三プログラミング・ディレクターからは、前作『英国人の手紙』に続いて同映画祭コンペティション部門に作品を迎えられたことへの謝意が伝えられた。

市山からは、カミーロ・カステロ・ブランコの著作を映画化した経緯について質問が寄せられた。監督によれば、本作の企画は、プロデューサーのパウロ・ブランコ(ポルトガルを代表するプロデューサーのひとり)からの提案をきっかけに始まったという。カステロ・ブランコは19世紀ポルトガルを代表する作家であり、監督はその知名度をチャールズ・ディケンズやアーサー・コナン・ドイルになぞらえた。また、彼の作品には当時のポルトガルの文化や社会が反映されていると説明。映画化の系譜にも触れ、彼の原作をもとにすでにマノエル・ド・オリベイラやラウル・ルイスと言った監督たちによって5本の映画が制作されていることや、オリベイラが『絶望の日』や『フランシスカ』でその生涯を描いていることを挙げ、ポルトガルの文化と映画史における重要性を語った。

続いて、バストスが演じたアナの内面と、劇中の緊張感の強い場面について質問があった。バストスは、アナが置かれた状況について、社会や教会、家族からの批判や偏見にさらされ、さまざまな葛藤を抱えていた人物だと説明。19世紀のポルトガルでは姦通が違法とされ、発覚すれば2人とも投獄される可能性があった。彼女は社会からの非難や差別に直面する一方、愛する相手と同じ思いを共有することで、初めて自由を感じる瞬間もあったのではないかという。バストスは、悲しみと喜び、抑圧と解放が入り交じる人物の内面を意識して演じたと語った。

撮影については、劇中に登場する建物や歴史的な場所がどの程度史実に基づいているのか、観客から質問が寄せられた。監督は、作中で描かれる場所や出来事には歴史的事実に基づくものがあると説明した。一方、撮影に使用した牢獄は現在、博物館となっており、実際に撮影することができなかったため、セットを建設したという。鏡などを用いた撮影上の工夫も取り入れ、CGを後から加えるのではなく、可能な限り実際の撮影によって映像を作り上げたと述べた。

また、複数の人物の物語をひとつの作品にまとめる際の構成についても質問があった。監督は、登場人物の多くは実在した歴史上の人物に基づいていると説明した。なかには、カステロ・ブランコと同時代を生き、実際に投獄された人物も含まれているという。こうした多数の人物をひとつの物語にまとめることは容易ではなかったが、当時の人々の関係や背景を踏まえながら構成していったと語った。

音楽の使用については、劇中で音楽が限定的に用いられている理由が問われた。監督は、作品において音楽そのものは重要な要素ではなく、むしろ獄中の空気や雰囲気を捉えることを重視したと説明した。カステロ・ブランコは物悲しい人物であり、物語にも同様の性格があることから、劇中ではその感情に合う音楽を選んだという。また、エンドクレジットではハイドンの交響曲のアダージョを使用したことにも触れた。

最後に、劇中で声によるボイス・オーバーが多々用いられることについて、バストスに質問が寄せられた。台詞のない場面の感情を、後から声によって表現する演出について、どのように準備したのかという問いに対し、バストスは、脚本の段階からナレーションやボイスオーバーが書き込まれており、その役割を理解したうえで演じていたと説明した。特に印象に残っている場面として、若い家政婦パウラとの会話を挙げた。アナは、女性が男性と同じように扱われない社会に強い不満を抱き、女性の不平等に抗おうとする人物だという。カステロ・ブランコら男性が定期的に獄中から外出してレストランで食事をすることを許されていた一方、女性には同じことが認められなかったという例を挙げ、アナは愛する相手と自らの信念のために闘う女性だったと語った。

グラシアーノ監督は最後に、本作が描いているのはアナとカステロ・ブランコの生涯全体ではなく、2人がともに過ごした数年間の一部分にすぎないと説明した。その後、2人は生活をともにし、カステロ・ブランコは作家として作品を残していく。本作を、2人の人生の一時期を切り取った物語として受け止めてほしいと述べ、Q&Aを締めくくった。
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