2026.11.01 [インタビュー]
「母親になった気持ちと、子ども時代の自分を見つめ直そうとした」アジアの未来部門『12月のジャニ』公式インタビュー

東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月29日
アジアの未来部門『12月のジャニ』 →作品詳細
『12月のジャニ』
アリアニ・ダルマワン(監督・右)、メイスク・タウリシア(プロデューサー・左)

©2026 TIFF

 

13歳の娘ジャニは、家出した18歳の姉ジュリアと密かに連絡を取り合い、疲れて小言をいう母親にうんざりしている。ジャニは大事な夕食の席で母に感情を爆発させてしまい…。12月22日が「母の日」であるインドネシアで生まれた愛すべき物語。クリスマス前の4日間、シングルマザーの母ウィニーと次女ジャニとの間に生じる心のほつれを温もりのある眼差しで見つめている。エドウィンのプロデューサーとして知られ、『スリープ・ノー・モア 不眠工場』(TIFF2026「ワールド・フォーカス」部門)の製作も務めた敏腕プロデューサー、メイスク・タウリシアさんと、15年ぶりに監督復帰し、この初長編作を作ったアリアニ・ダルマワン監督に、2回目のTIFF上映が終わった10月29日にお話をうかがった。

 

 

──メイスクさんが監督に声をかけて実現した企画です。メイスクさんにとり、監督はどんな存在なのでしょう。

 

メイスク・タウリシア(以下、メイスク):2000年代初頭にアリアニが作った短編映画を観て、私はいつか彼女と一緒に仕事をしたいと思っていましたが、家庭を持ったのをきっかけに、彼女は長い間、監督の仕事から遠ざかっていました。でも3年前、私の会社パラリ・フィルムズで家族向けの映画の企画開発が立ち上がった際、真っ先に私の頭に浮かんだのは彼女のことでした。そこで、「また監督してみない? 家族の映画でもし長編作を作るならどんな題材がいい?」と声をかけると、「母親になった経験を描きたい」と彼女が即答してくれたんです。

 

──監督はその時のことを覚えていますか。

 

アリアニ・ダルマワン監督(以下、アリアニ監督):もちろん。当時の私はものづくりから長く離れていて、人生に何かが欠けている思いをずっと抱えていました。そんなときにメイスクから誘いを受け、いまさら監督が務まるのかという不安もありましたが、長年の知り合いである彼女となら、よく話し合い、気持ち良く仕事を進められると思い、このお話を快諾したんです。

 

──本作に登場する母親は、仕事と家庭の両立に苦しんでいます。

 

アリアニ監督:以前の私は大変多忙で、年に3〜4本の短編映画やアートプロジェクトを手掛けていました。ところが結婚してすべてがストップし、翌年に娘を出産して、日常生活は一変してしまいました。この時に感じた急激な心の静まりや張り詰めた緊張感を、ウィニーという母親の存在を通して描きたいと思いました。仕事なら、人と会って話をすることで、自分の中にくすぶる活力を発散させることができますが、家庭ではお互いを傷つけたくないあまり、感情に蓋をして口をつぐんでしまうことがよくあります。私の結婚生活の初期にもまさにそうしたことが起きていて、それをこの映画ではお見せしようと考えたんです。
『12月のジャニ』

 

──詩人のシンタ・ハリアディさんと一緒に脚本を書いています。どのように物語を構築したのでしょう。

 

アリアニ監督:シンタが書いた短編小説が好きだったので共同脚本の声をかけたら、「どんなプロットでも物語にしてみせるわ」と言われ、メイスクと私で「ひとつ屋根の下にいる3世代の女性たちの話で長女が家出をする」というプロットを作って、シンタに渡しました。すると彼女は14ページのシノプシスを書いてくれ、それを読んで3人で話をしながらストーリーのいくつかの部分を変更していきました。シンタにとって脚本の執筆は初めてだったため、文章としては申し分なくても映像化に難しい部分があり、私の頭の中にあるイメージに合わせて、セリフやシーンを書き直してシンタに戻すという作業を重ねました。あるとき、自分が納得できるように大きく手を入れた改稿をシンタに見せたら、「あなたがやりたいのはこれだったのね!」と彼女も理解してくれて、そこからさらに脚本を書き直しました。共同で書いては直すという非常に面白いプロセスでした。

 

メイスク:私たちは3人で常に話し合いを重ねました。もちろん監督と脚本家のふたりだけで進める時間もありましたが、ストーリーの肝心かなめとなるシーンでは私も話し合いに加わり、濃密なディスカッションを行いました。それもあってこの映画は、アリアニ、シンタ、私の家族の足跡がしっかり刻まれた作品になっていると思います。

 

──母の日からクリスマスに至る時期に物語を据えた理由は?

 

アリアニ監督:私たち3人は中華系インドネシア人であり、カトリック教徒です。この時期が私たちにとって特別なのは、クリスマス前にある母の日(インドネシアでは12月22日)が私たち中華系にとっては冬至を祝う日と重なり、もち米のお団子を食べる習慣があるからです。

 

メイスク:これは中華系の家庭の伝統行事で、そのもち米のお団子のことを私たちは「ロンデ(Ronde/湯圓・タンユエン)」と呼んでいます。ロンデを食べる時、自分の年齢にひとつ足した数か年齢と同じ数のお団子を食べる習わしがあり、それをこの映画の中で見せたいと思ったんです。
『12月のジャニ』

 

アリアニ監督:インドネシア全体でキリスト教徒はわずか10%足らずで、カトリックはそのうちの3%ほどしかいません。大変なマイノリティなんです。だから物語の設定に選んだというよりは、自分たちのバックグラウンドを描こうとしたら、自然にこの時期になったというのが正直なところです。私たち中華系の冬至の習慣はインドネシア映画では滅多に扱われませんから、描いてみたいというのもありました。

 

──観客の誰もが、チェンパ・プテリさんの自然体の演技に惹きつけられると思います。彼女をジャニ役に決めた理由は?

 

アリアニ監督:キャスティングディレクターが5〜6人の子どものオーディションテープを見せてくれましたが、チェンパの映像を見た瞬間に「この子だ」と確信しました。私のイメージするジャニの外見にぴったりなうえ、とても自然体の演技ができていたからです。実際に話してみると、彼女はとても聡明で、逐一説明しなくてもシーンの状況を伝えるだけで自分なりに解釈した演技を披露してくれます。彼女との仕事はとてもスムーズで、母親役のシギ・ウィマラや祖母役のトゥティ・キラナと行ったケミストリーテストの場でも、この3人は家族になれると確信しました。先に決まっていたジュリア役のヒョリ・ミカとの相性もバッチリで、姉妹そのものでした(笑)。

 

──母親のウィニー役にシギ・ウィマラさんを抜擢した理由は?

 

アリアニ監督:シギに初めて会ったとき、私がウィニーという役柄に抱いていた抑制された雰囲気が彼女にはあると感じました。祖母のオマはユーモアがあって機知に富み、家族の中で中立を保っている存在です。ですからウィニーは常に緊張感を漂わせている必要があり、感情をぐっと内に押しとどめている控えめさがある、シギにはうってつけの役でした。

 

──演技指導はどのように行ったのでしょう。

 

アリアニ監督:実際に撮影する家で、本読みの段階から日常生活の動作をつけていき、初日から立ち位置や動線を確認していきました。映画をリアルに感じさせるためには、各登場人物の些細な仕草や所作が不可欠だと考えていたからです。空間を実際に動いてもらうことで、俳優の仕草を役柄に取り入れて、融合させていきました。彼女たちに家の主となってもらい、間取りに馴染んで居心地よく存在してほしかったんです。

 

──けんかのシーンもリハーサルをされた?

 

アリアニ監督:本番に入る前に5〜6回行いましたが、その都度ジャニと自分の娘を重ねてしまい、私は泣いてしまいました(笑)。

 

──シングルマザーのウィニーは、仕事と家庭の両立がうまくできず、疲れている時にジュリアに家出をされ、普段よりも自分を責める気持ちが強くなっています。それでジャニに小言を言ったり、ジュリアを見張るための探偵を雇ったりもしますが、もともとは子どもたちに対して寛容な心の持ち主なのだろうと観ていて感じました。監督はウィニーとジャニの心の対比をどのように捉えていましたか?

 

アリアニ監督:登場人物は誰もが心の中に複雑な感情を抱えています。幼いジャニでさえ、母親に対して複雑に入り組んだ感情を持っています。そして母親のウィニーは、ジャニよりもはるかに多くの経験を積んできたぶん、さらに多くのひだからなる複雑な感情を抱えています。私が描きたかったのは、そうした目に見えては現れない感情のさざなみであり、各人の愛情の示し方も違えば互いへの期待も異なるという部分です。たとえばジャニとジュリアは、「母親に自分たちのことをしっかり受け止めてほしい」と願っているのに対し、母親のウィニーは身を粉にして働いて家族を養うことで愛情を示そうとします。互いに愛していることに変わりはありませんが、そのやり方が違う。これこそが私が表現したかった事柄です。
私自身の子ども時代を振り返ると、片付けをしたり夕食を作ったりと、いつも忙しそうにしている母の背中ばかりを見ていた記憶があります。でもその頃の私は、母が悲しいのか疲れているのか、それとも幸せなのか、母自身の気持ちを思いやったことなど一度もありませんでした。30代後半になって結婚し、自分が母親になって初めて母親であることの寂しさを理解できるようになったんです。ですから本作では、母親になった気持ちと、齢をとるにつれ忘れがちになっている子ども時代の自分をもう一度見つめ直そうとしました。

 

メイスク:プロデューサーとして完成した映画を観て嬉しかったのは、登場人物が決して白黒つけられるような描き方をされていないことでした。家族において完全に白か黒なんてありません。すべてはその時々の状況によります。シンタの脚本を映像化する中で、アリアニは、特定の瞬間において彼らがどう関わり合っているかという、家族のダイナミクスを見事に描き出してくれました。ある時は母親が疲れ切っていたのかもしれないし、別の時はジャニが何も言い出せなかったのかもしれない。また別の時はジュリアが何かを感じていたのかもしれない。家庭の中ではそうしたボタンの掛け違いが常に起こり、ダイナミクスは移り変わっていきます。けれど彼らは全員、お互いの声に耳を傾けるための場所を築こうとしています。その絶妙なバランスを描き切った監督を、私は本当に誇らしく思っています。

 

──最後にメイスクさんにお尋ねします。パラリ・フィルムズも今年で創業10年目。今後の抱負をお聞かせください。

 

メイスク:これからも劇場のスクリーンで上映する映画を作り続けたいと思っています。そして、普段なかなか耳を傾けてもらえない声、世の中に認識されにくい声を、映画を通じて届けていきたいです。私個人としても、映画を通して多様な人間性や人間のありのままの姿を見つめることが大好きです。人間は時に間違え、時に正しく、調子が良い時もあれば落ち込む時もあります。そうした人間のありさまを、新しい監督や女性監督たちとともに分かち合っていきたいと思っています。いつの時代も、新しい声、新しい視点を届けることは重要だと感じています。

 

インタビュー/構成:赤塚成人(四月社)
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