東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月28日
コンペティション部門『つる草』→作品詳細

©2026 TIFF
カザフスタンの草原地方にある、川沿いの小さな村。そこに暮らす老母アイムハンは、息子サマト、その妻グルジャン、そして8歳の孫ウミットを年金と牧畜から得られるわずかな賃金で養っていた。しかし、田舎暮らしに嫌気がさして都会への移住を考えていた嫁が、ついに家を出たことから家族の崩壊が始まる…。
カザフスタンだけにとどまらず、どこの国の地方でも起こりうる普遍的な“家族崩壊の物語”を淡々とリアルに綴る静謐なタッチが心に深く染み、どこまでも広がる草原と、朝日や夕日を浴びてきらめく川を渡る小さな渡し船などの美しいロケーションに息をのむ。これほど完成度の高い作品で監督デビューを果たしたアザマト・シャルギン監督にお話を伺った。
──この物語を脚本にしたきっかけは?
アザマト・シャルギン監督(以下、シャルギン監督):私の母が亡くなったのがきっかけです。2017年のことでした。その年は、大学で映画監督の修士課程に出願していたときです。脚本を書き始めたのは2018年。亡くなった母がとても恋しかったので、その思いから映画を作りたいと思ったのです。当時の私は、母に十分なことをしてやれなかったという気持ちに苛まれていました。そういう感情をこの映画に込めたいと思ったのです。
ただし、物語の中の母親は私の母には似ていませんし、この物語も私自身の話ではありません。
──物語のテーマは? 家族問題と同時に、格差社会の不条理も感じますが。
シャルギン監督:主なテーマは世代間の対立、そして異なる心のありようについてです。たとえば、前の世代にとっては大切なことが、今の世代にはちっとも大切じゃないとか。また、年長者が亡くなったときに、これまで培ってきた感情的なつながりがどのように失われていくのかも描きたかった。つまりここで描きたかったのは、経済的な意味の貧困ではなく、感情の上での貧しさでした。
──タイトルの「つる草」という植物は、自らの力では体を支えることができず、他の樹木や物に蔓を絡ませて伸びていく。物語の内容を考えると絶妙なタイトルだと思いました。
シャルギン監督:この映画のタイトルをつける際、あまり直接的なものにはしたくなかったのです。メタファーとして機能させたいと考えて、だからこそ「つる草(Shyrmauyq/ネナシカズラ)」という、根を持たずに育つ黄色い花を選んだのです。この花は、カザフ語では幾重もの意味を持っています。たとえば“からみつくもの”とか。ちなみにエンドクレジットの前に流れる曲も、カザフスタンの著名な作曲家アカン・セリ(Akan Seri)による「つる草(Shyrmauyq)」という曲です。
繰り返しになりますが、世代間の対立を描こうとした時、息子夫婦にあたる現代の世代は、自らのルーツから切り離されたいわば根っ子のない世代であることを示したいと考えました。彼らは母親と違い、自分たちのルーツに結びついていません。一方、息子の母であり孫の祖母であるアイムハンは、家族の家長であり、伝統的な価値観と内なる強さを持つ人物です。息子のサマトたちの世代はそこから完全に切り離されており、そのことが彼らの生き方にも影響しています。そこで家長であるアイムハンは、伝統的で大切な価値観、人間としての価値観であるルーツを孫娘ウミットに教え、繋ぎ止めようとしています。

──孫娘ウミットは息子の子どもですか?
シャルギン監督:背景として知っておくことが重要なのですが、カザフスタンには第一子を祖父母に預けるという伝統があります。そのため息子の第一子であるウミットは祖母が養育者となり育ててきました。ですから、自分の父と母を「おじさん」「おばさん」と呼んでいるのです。
──息子サマトと同世代の監督ご自身は、世代間の対立やルーツの喪失を痛感しますか?
シャルギン監督:世代間の違いというのは、避けられないことだと思っています。歴史上、常にそうでしたから。この物語では、祖母が孫娘に自分の価値観を伝える必要があると感じています。それはとりもなおさず、私自身の、人々は少し過去を振り返る必要があるという考えの現れです。神や精神性へ、つまり自分たちの精神基盤に立ち返ってほしいと望んでいるということです。
私にとってこの映画を作ること、芸術を創造することは、現実と向き合う方法なのです。私は何かを感じた時、それを芸術で示したい。人生のなかで出会う現実によって湧き上がるあらゆる感情というものを、芸術的に表現したいと思っています。
──キャスティングはどのように?
シャルギン監督:私は2013年から俳優としても活動しているので、知り合いの俳優もたくさんいます。嫁役のラウラ・サビトワは大学のクラスメイトで、脚本段階から彼女をイメージしていました。息子役のヌルラン・アビロフはオーディションで選びました。しかし、祖母役と孫娘役を見つけるのには各地を巡り、長い時間がかかりました。祖母役のアルマハン・ケンジェベコワさんは地方の小さな劇場で昔から活動している方です。カザフスタンにはソ連時代からの称号のような伝統があるのですが、彼女はまさにその称号「人民女優」であり、国の誇りと言える存在。まさに祖母役にぴったりだと思いました。さらに地元の子どもたちに演技も教えていましたので、孫娘役のラヤナ・クアトを「私の教え子にピッタリの女の子がいるよ」と推薦してくれました。
──制作プロセスで一番難しかったことは?
シャルギン監督:資金調達です(笑)。脚本の執筆に3年費やし、それから映画の資金調達に3年費やしました。政府が映画監督に資金を提供する機関の審査を毎年受けて、3年目にやっと受かって。本当に苦しい3年間でしたが、いざ撮影が始まってしまうと、もう楽しくて楽しくて。映画創りは本当に大変ですが、プロデューサーのアルダゲル(・サトゥバエフ)が組織的な仕事をすべて完璧にこなしてくれたので、私は映画の芸術的な側面だけに集中できてよかったです。

──次作についての構想は?
シャルギン監督:芸術の中で探求したいテーマはたくさんありますが、焦点を当てるとしたら、カザフスタンの伝統とイスラムの伝統の対立というテーマがあります。時にそれらは矛盾しあい、非常に興味深い思考や議論を生み出します。おそらく、次はそれを探求すると思います。
インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)
東京国際映画祭公式インタビュー 2026年10月28日
コンペティション部門『つる草』→作品詳細

©2026 TIFF
カザフスタンの草原地方にある、川沿いの小さな村。そこに暮らす老母アイムハンは、息子サマト、その妻グルジャン、そして8歳の孫ウミットを年金と牧畜から得られるわずかな賃金で養っていた。しかし、田舎暮らしに嫌気がさして都会への移住を考えていた嫁が、ついに家を出たことから家族の崩壊が始まる…。
カザフスタンだけにとどまらず、どこの国の地方でも起こりうる普遍的な“家族崩壊の物語”を淡々とリアルに綴る静謐なタッチが心に深く染み、どこまでも広がる草原と、朝日や夕日を浴びてきらめく川を渡る小さな渡し船などの美しいロケーションに息をのむ。これほど完成度の高い作品で監督デビューを果たしたアザマト・シャルギン監督にお話を伺った。
──この物語を脚本にしたきっかけは?
アザマト・シャルギン監督(以下、シャルギン監督):私の母が亡くなったのがきっかけです。2017年のことでした。その年は、大学で映画監督の修士課程に出願していたときです。脚本を書き始めたのは2018年。亡くなった母がとても恋しかったので、その思いから映画を作りたいと思ったのです。当時の私は、母に十分なことをしてやれなかったという気持ちに苛まれていました。そういう感情をこの映画に込めたいと思ったのです。
ただし、物語の中の母親は私の母には似ていませんし、この物語も私自身の話ではありません。
──物語のテーマは? 家族問題と同時に、格差社会の不条理も感じますが。
シャルギン監督:主なテーマは世代間の対立、そして異なる心のありようについてです。たとえば、前の世代にとっては大切なことが、今の世代にはちっとも大切じゃないとか。また、年長者が亡くなったときに、これまで培ってきた感情的なつながりがどのように失われていくのかも描きたかった。つまりここで描きたかったのは、経済的な意味の貧困ではなく、感情の上での貧しさでした。
──タイトルの「つる草」という植物は、自らの力では体を支えることができず、他の樹木や物に蔓を絡ませて伸びていく。物語の内容を考えると絶妙なタイトルだと思いました。
シャルギン監督:この映画のタイトルをつける際、あまり直接的なものにはしたくなかったのです。メタファーとして機能させたいと考えて、だからこそ「つる草(Shyrmauyq/ネナシカズラ)」という、根を持たずに育つ黄色い花を選んだのです。この花は、カザフ語では幾重もの意味を持っています。たとえば“からみつくもの”とか。ちなみにエンドクレジットの前に流れる曲も、カザフスタンの著名な作曲家アカン・セリ(Akan Seri)による「つる草(Shyrmauyq)」という曲です。
繰り返しになりますが、世代間の対立を描こうとした時、息子夫婦にあたる現代の世代は、自らのルーツから切り離されたいわば根っ子のない世代であることを示したいと考えました。彼らは母親と違い、自分たちのルーツに結びついていません。一方、息子の母であり孫の祖母であるアイムハンは、家族の家長であり、伝統的な価値観と内なる強さを持つ人物です。息子のサマトたちの世代はそこから完全に切り離されており、そのことが彼らの生き方にも影響しています。そこで家長であるアイムハンは、伝統的で大切な価値観、人間としての価値観であるルーツを孫娘ウミットに教え、繋ぎ止めようとしています。

──孫娘ウミットは息子の子どもですか?
シャルギン監督:背景として知っておくことが重要なのですが、カザフスタンには第一子を祖父母に預けるという伝統があります。そのため息子の第一子であるウミットは祖母が養育者となり育ててきました。ですから、自分の父と母を「おじさん」「おばさん」と呼んでいるのです。
──息子サマトと同世代の監督ご自身は、世代間の対立やルーツの喪失を痛感しますか?
シャルギン監督:世代間の違いというのは、避けられないことだと思っています。歴史上、常にそうでしたから。この物語では、祖母が孫娘に自分の価値観を伝える必要があると感じています。それはとりもなおさず、私自身の、人々は少し過去を振り返る必要があるという考えの現れです。神や精神性へ、つまり自分たちの精神基盤に立ち返ってほしいと望んでいるということです。
私にとってこの映画を作ること、芸術を創造することは、現実と向き合う方法なのです。私は何かを感じた時、それを芸術で示したい。人生のなかで出会う現実によって湧き上がるあらゆる感情というものを、芸術的に表現したいと思っています。
──キャスティングはどのように?
シャルギン監督:私は2013年から俳優としても活動しているので、知り合いの俳優もたくさんいます。嫁役のラウラ・サビトワは大学のクラスメイトで、脚本段階から彼女をイメージしていました。息子役のヌルラン・アビロフはオーディションで選びました。しかし、祖母役と孫娘役を見つけるのには各地を巡り、長い時間がかかりました。祖母役のアルマハン・ケンジェベコワさんは地方の小さな劇場で昔から活動している方です。カザフスタンにはソ連時代からの称号のような伝統があるのですが、彼女はまさにその称号「人民女優」であり、国の誇りと言える存在。まさに祖母役にぴったりだと思いました。さらに地元の子どもたちに演技も教えていましたので、孫娘役のラヤナ・クアトを「私の教え子にピッタリの女の子がいるよ」と推薦してくれました。
──制作プロセスで一番難しかったことは?
シャルギン監督:資金調達です(笑)。脚本の執筆に3年費やし、それから映画の資金調達に3年費やしました。政府が映画監督に資金を提供する機関の審査を毎年受けて、3年目にやっと受かって。本当に苦しい3年間でしたが、いざ撮影が始まってしまうと、もう楽しくて楽しくて。映画創りは本当に大変ですが、プロデューサーのアルダゲル(・サトゥバエフ)が組織的な仕事をすべて完璧にこなしてくれたので、私は映画の芸術的な側面だけに集中できてよかったです。

──次作についての構想は?
シャルギン監督:芸術の中で探求したいテーマはたくさんありますが、焦点を当てるとしたら、カザフスタンの伝統とイスラムの伝統の対立というテーマがあります。時にそれらは矛盾しあい、非常に興味深い思考や議論を生み出します。おそらく、次はそれを探求すると思います。
インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)