2026.10.30 [イベントレポート]
『DAU』フルジャノフスキー監督、プロジェクトの全貌を明かす

第39回東京国際映画祭で10月29日、ワールド・フォーカス部門『DAU』が東京・TOHOシネマズ日比谷で上映され、イリヤ・フルジャノフスキー監督がQ&Aに臨んだ。同映画祭プログラミング・ディレクターの市山尚三が聞き手を務め、作品の制作経緯やDAUプロジェクトの全貌、撮影地ハリコフとロシア・ウクライナ戦争との関係などについて質問が寄せられた。

冒頭、フルジャノフスキー監督は、DAUプロジェクトの作品が再び日本で上映されることへの喜びを語った。『DAU. ナターシャ』『DAU. 退廃』の日本公開後、レフ・ランダウを主人公とする作品がいつか見られるのではないかと期待していたところ、本作の上映が今年のベネチア国際映画祭で発表されたことに驚いたと市山が振り返ると、フルジャノフスキー監督は、本作がランダウその人を直接描くものではなく、1930〜40年代のソ連の物理学者たちに着想を得たファンタジーなのだと説明した。

ソ連の秘密研究所を忠実に再現した巨大なオープンセットをウクライナのハルキウに建設し、数百人の参加者を共同生活させて映画やTVシリーズを撮影するというアート・プロジェクト「DAUプロジェクト」は2006年に始まっている。監督によると、当初は、異なる美術設計や撮影、キャスティング、様式による3つのパートからなる、脚本のある映画として構想されていたという。しかしプロジェクトはその後も拡大し、『DAU. ナターシャ』『DAU. 退廃』以外にも13本の映画が制作された。さらに、音声の記録をもとにした各500ページの書籍247冊や、約150万枚の写真など、膨大な資料も生み出された。監督は、DAUプロジェクトは未完成であり、際限なく続いていくものだと述べ、その規模はもはや自分自身を超えるものになったと語った。

観客からは、本作に使用されなかった映像素材が、今後別の作品として公開される可能性について質問が寄せられた。監督は、DAUプロジェクトにおけるデジタルプラットフォームの重要性を指摘する。そこには大量の撮影された映像素材が蓄積されており、観客がどのように映像を見るかに応じて、それぞれの映画を編集できる仕組みを構想しているという。本作には過去の作品で見た場面が含まれている一方、観客がまだ見たことのない場面も数多く存在すると、監督は説明した。

また、当時の建物や街並みを再現した撮影について問われると、撮影当時は映画制作への協力が得られやすかったと振り返った。作品冒頭の空港の場面では、国際空港を3日間にわたって閉鎖し、約800トンの土や泥を持ち込んで撮影したという。

続いて、2008年から2011年にかけて撮影された素材に加え、2024年に新たな撮影を行った理由についても質問があった。監督は、DAUプロジェクトでは映画制作だけでなく、展覧会やインスタレーションなどにも取り組んできたと説明する。また、撮影を終えたのち、一定の時間を置いて作品を見直すことを当初から考えており、10年ほど待つつもりだったものの、実際には15年が経過したという。追加撮影については、かねて構想しながらも以前の撮影時には実現しなかった場面を、新たに撮影したと述べた。一方、具体的にどの場面を加えたのかについては、観客の解釈に関わると明言を控えた。

最後に、撮影地であるウクライナのハリコフと、ロシア・ウクライナ戦争が本作や今後の映画制作に及ぼす影響について質問が寄せられた。監督は、戦争がすでに自身の精神や魂に影響を及ぼしていると述べ、実生活にもさまざまな変化が生じていることを明かしつつも、今後の作品制作への具体的な影響については、明言を避けた。

質疑応答の終盤、フルジャノフスキー監督は日本の観客に向けて感謝を述べた。海外の映画祭では、エンドクレジットが終わる前にQ&Aを始めるよう求められることもあるが、日本では観客が最後まで着席して作品を見届けてから質疑に臨むと聞き、その姿勢に感銘を受けたという。監督は、文化とは人から人へと受け継がれていくものであり、そのつながりが途絶えれば文化も途絶えてしまうこと、そして、映画をめぐる文化はコミュニケーションや開かれた姿勢とも結びついていると述べ、自身の作品のような独特の作品を受け入れてくれた日本の観客に、心からの感謝を伝えた。

第39回東京国際映画祭は、11月4日まで開催。
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