第39回東京国際映画祭のNippon Cinema Now出品された『
ほとりの家で』が10月27日、TOHOシネマズシャンテで公式上映され、俳優の手塚真生、プロデューサーで俳優の縄田カノン、ソウジ・アライ、名取哲監督がQ&Aに登壇。作品の魅力を語り合った。
物語は、幼い息子を入浴中の事故で亡くしたチヒロが、療養のため人里離れた湖畔の家を訪れるところから始まる。言葉を話さない女性猟師との出会い、悲しみを分かち合うことのできない夫との関係を通して増幅していくチヒロの孤独感を、様々なイメージの連なりとともに描くネイチャースリラーだ。
名取監督は「この映画は、今日ご覧いただいた劇中に出てくるあの家、あの土地で、実際に僕が狩猟を学び生活した経験をもとに始まった、個人的な思いからスタートしたプロジェクトです」と語り、「壇上にいる手塚真生さん、縄田カノンさん、ソウジ・アライさんをはじめ、才能と経験のある役者の皆様、スタッフの皆様、そしてこの映画に携わってくださった全ての関係者の支えがあり、なんとかここまで歩いてくることができました」と感謝を述べた。
さらに名取監督は「北海道の道東の森の中で狩猟を学んでいるときの自分と、東京で生活しているときの自分が、全く別人に思えた瞬間がありました」と明かし、「自分の中にもうひとりの自分が出てくる、自分の中にいる自分が分裂していくようなアイデアが生まれ、そのときに“これは恐ろしいアイデアになるかもしれない”と直感しました」と、強い思いに突き動かされて映画製作へ向かっていった経緯を語った。
この日は映画を鑑賞したばかりの観客からのQ&Aが行われた。「映画の中で、何度も食べるシーンがあったと思います」と印象的なシーンの意図を問われた名取監督は、「この映画でやりたかったことのひとつに“チヒロとアケミの回復の過程”があります。生きる実感を失った彼女たちが、もう一度この世界に存在する回復の過程を描きたいという思いがありました」と回答。「“食べる”という行為は“生きる”という行為と直結しています。そのイメージをチヒロとアケミの回復の過程とリンクさせることができれば、映画全体に寄与するのではないかという思いから、食べるシーンを反復させました」と説明した。
劇中で食べるシーンを繰り返し撮った手塚は「私はいかに気持ち悪く、しかし気持ち悪すぎず、観客が見られるギリギリを攻めるかというところを意識していました。そこまで計算して狙ったわけではないのですが、完成した映像を見たら“そうなっていたな”という感想を持ちました」と自己評価すると、縄田は「食べるシーンは3度に分けて撮影しました。1回目は普通に食べて、2回目・3回目は監督から指示がなく「好きなことをやって」と言われたんです。その時に次に何を持っていけばいいのかと、役者陣は毎回ドキドキしながら「自分の中から一体何が出てくるのか」「食べるという行為でどう表現しなければいけないのか」という試練がありました」と撮影を振り返っていた。
第39回東京国際映画祭は、11月4日まで開催。
第39回東京国際映画祭のNippon Cinema Now出品された『
ほとりの家で』が10月27日、TOHOシネマズシャンテで公式上映され、俳優の手塚真生、プロデューサーで俳優の縄田カノン、ソウジ・アライ、名取哲監督がQ&Aに登壇。作品の魅力を語り合った。
物語は、幼い息子を入浴中の事故で亡くしたチヒロが、療養のため人里離れた湖畔の家を訪れるところから始まる。言葉を話さない女性猟師との出会い、悲しみを分かち合うことのできない夫との関係を通して増幅していくチヒロの孤独感を、様々なイメージの連なりとともに描くネイチャースリラーだ。
名取監督は「この映画は、今日ご覧いただいた劇中に出てくるあの家、あの土地で、実際に僕が狩猟を学び生活した経験をもとに始まった、個人的な思いからスタートしたプロジェクトです」と語り、「壇上にいる手塚真生さん、縄田カノンさん、ソウジ・アライさんをはじめ、才能と経験のある役者の皆様、スタッフの皆様、そしてこの映画に携わってくださった全ての関係者の支えがあり、なんとかここまで歩いてくることができました」と感謝を述べた。
さらに名取監督は「北海道の道東の森の中で狩猟を学んでいるときの自分と、東京で生活しているときの自分が、全く別人に思えた瞬間がありました」と明かし、「自分の中にもうひとりの自分が出てくる、自分の中にいる自分が分裂していくようなアイデアが生まれ、そのときに“これは恐ろしいアイデアになるかもしれない”と直感しました」と、強い思いに突き動かされて映画製作へ向かっていった経緯を語った。
この日は映画を鑑賞したばかりの観客からのQ&Aが行われた。「映画の中で、何度も食べるシーンがあったと思います」と印象的なシーンの意図を問われた名取監督は、「この映画でやりたかったことのひとつに“チヒロとアケミの回復の過程”があります。生きる実感を失った彼女たちが、もう一度この世界に存在する回復の過程を描きたいという思いがありました」と回答。「“食べる”という行為は“生きる”という行為と直結しています。そのイメージをチヒロとアケミの回復の過程とリンクさせることができれば、映画全体に寄与するのではないかという思いから、食べるシーンを反復させました」と説明した。
劇中で食べるシーンを繰り返し撮った手塚は「私はいかに気持ち悪く、しかし気持ち悪すぎず、観客が見られるギリギリを攻めるかというところを意識していました。そこまで計算して狙ったわけではないのですが、完成した映像を見たら“そうなっていたな”という感想を持ちました」と自己評価すると、縄田は「食べるシーンは3度に分けて撮影しました。1回目は普通に食べて、2回目・3回目は監督から指示がなく「好きなことをやって」と言われたんです。その時に次に何を持っていけばいいのかと、役者陣は毎回ドキドキしながら「自分の中から一体何が出てくるのか」「食べるという行為でどう表現しなければいけないのか」という試練がありました」と撮影を振り返っていた。
第39回東京国際映画祭は、11月4日まで開催。