2026.10.27 [イベントレポート]
ユベントス対リヴァプールの試合前に起きた暴動が題材の『ヘイゼル85』監督&主演がハードな現場を振り返る

第39回東京国際映画祭(以下TIFF)コンペティション部門作品『ヘイゼル85』が10月26日、TOHOシネマズシャンテで公式上映され、テオドラ・アナ・ミハイ監督と、本作の主演を務めたビオレット・ブレックマンがQ&Aに臨んだ。

第34回TIFFで審査員特別賞を受賞した『市民』(日本公開時のタイトルは『母の聖戦』)のミハイ監督の新作となる本作は、ベルギー、オランダ、ドイツの合作映画。前作の『トラフィック』も含めて3作連続でTIFFのコンペティション部門に参加しているミハイ監督は「決して気軽に観られるような映画ではないかもしれないですが、このテーマは非常に大切なもの。40年以上前に起きた出来事ですが、今につながるものがあると感じています」と挨拶。ブレックマンも「実は今年のはじめにも日本に来ていたんですが、また日本に来ることができて良かった」と笑顔を見せた。

本作の舞台は1985年、ブリュッセルのヘイゼル・スタジアムで行われたサッカーのヨーロッパ・カップ決勝、ユベントス対リヴァプール戦の試合開始前。サポーターの衝突をきっかけに暴動が起こり39人が死亡、多数の負傷者を出す結果となった「ヘイゼルの悲劇」を題材としている。この大惨事をめぐり、市の広報を務める市長の娘、混乱のなかで家族の無事を探ろうとするイタリア人リポーターなど、さまざまな人物の視点からこの大惨事が起こった経緯がリアルに再現され、ヨーロッパに内在する民族問題、集団心理の恐怖、責任を回避しようとする行政、報道におけるモラルなど、さまざまな問題が浮き彫りになるさまを描き出す。

この題材を選んだ理由について、ミハイ監督は「この事件が起きた時はまだ幼くて、鉄のカーテンの反対側(ルーマニア)にいたので、当時のことを直接知っているわけではないんですが」と前置きしつつも、「その後ベルギーに移り住むことになったわけですが、ベルギーの人たちにとってのこの事件は、アメリカの人たちにとっての9.11のようなトラウマ(心的外傷)で、大きなショックを受けた事件だったわけです。ある意味、わたしにとってベルギーという国は第二の故郷なので、ベルギー的な物語をつくりたいと思ってこの題材に巡り会いました」と胸の内を明かす。

一方、本作の劇中では多様な言語が飛び交うなど、ハードな現場だったのでは、という司会者の指摘にブレックマンも「ベルギーでは、もともといろいろな言語が話されていますし、わたし自身も3カ国語を話せます。ただあまりにも準備をする時間がなかったので、実際は流れに任せてやっていくという感じでした」と説明。撮影現場では6カ国語の言語が飛び交っていたとのことで、「そういう意味で、とてもヨーロッパ的だなという感覚がありました。ヨーロッパはいろんな国が隣り合っていて。それぞれに違う文化、異なる雰囲気を持っているわけですが、そういったものを撮影現場にもたらしてくれた。そういう現場が好きでした」と振り返った。

その言葉を補足するようにミハイ監督が「この撮影は本当に不可能に近いものでした。これを25日間で撮るという、ちょっぴりクレイジーな現場だったわけですが、エキストラの方もたくさんいますし、いろいろと複雑な撮影だったんです。わたしはできる限りカットをかけずに、長回しをしたいタイプなのですが、時間があまりなくて。そのバランスをとるのには苦労しました。そして映像にふさわしい質感を出すために16ミリフィルムでの撮影にこだわったということも、撮影が少しだけ長引いた理由となります。でもそうすることで、80年代らしい雰囲気を出すことができたと思っています」と明かした。

そしてその後は観客からの質問を受け付けることになったが、多くの観客が挙手をし、「映画祭の初日からこんなにもドキッとするような作品に出会えて光栄」「終始とても緊迫感があった」「圧倒的な力を持つ映画」など熱のこもった感想が次々と寄せられた。

さらに本作のリサーチについて質問が及ぶと、膨大な量のルポルタージュ、ドキュメンタリーを調べ、そして実際にこの悲劇を経験した方からの取材なども入念に行ったことを明かしたミハイ監督。その上で「その資料の中に、閉ざされたドアの向こう側で何が起きていたのか、という政治的スリラーの側面を見せるものはあまりなかった。だからあの閉じたドアの向こうで何が行われたのかを見せたいと思った」という考えに至った。「もちろん史実にはなるべく忠実に、誠実であろうということは大事にしつつも、映画としてよりダイナミックなものとなるようにクリエーティブの自由を取り入れた」という。

劇中では、カメラが人物に極端に近づく一方で、登場人物たちは状況をコントロールできないことを淡々と描き出すような客観性を持っているように感じたという観客からの指摘に「いい質問ですね。わたしはクローズアップが好きなんですよ。カメラを近づけることによって、彼らの心情に近づきたい、あるいは入り込みたいと思い、彼らの心や感情に寄り添いたいと思っているんです」と笑顔を見せたミハイ監督。「でもおそらくあなたが感じ取った客観性というのは危機的状況下のことだと思います。それは非常に非現実的な状況で、そこでは凍り付くというか、よく分からないままに浮き足立ってしまう感覚もあると思うんです。もちろんマリーという人物が主人公ではあるんですが、彼女ひとりだけの物語にはなり得ないのです。その周囲には多くの人たちがいて、彼らの物語でもあるからです。わたしはそのことを尊重して、当時起こっていたことの生々しさを表現する必要がありました」と付け加えた。

第39回東京国際映画祭は11月4日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。
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