2026.10.26 [イベントレポート]
【第39回東京国際映画祭】コンペ部門に選出された池田暁監督×三島有紀子監督×山本英監督が語り合う、映画祭の醍醐味

今年で39回目を迎える東京国際映画祭が、日比谷、有楽町、銀座を中心に本日10月26日から開催される。映画祭の花形と言えるコンペティション部門には世界各国から多彩な15作品が出品されているが、その中に日本人監督による映画は3本選出された。松岡茉優を主演に迎えた三島有紀子監督の『男ともだち』、唐田えりか、知英のW主演で谷村志穂の小説を映画化した山本英監督の『過怠』、そしてオダギリジョーがプロデューサーにも名を連ねる日台合作で池田暁監督による『妖怪、化物をひろう』が上映される。開幕を前に、3人の監督たちが今年の映画祭の魅力や楽しみ方について語り合った。

――コンペティション部門に選出されての心境や映画祭で上映されることへのお気持ちをお聞かせください。

池田:僕は2017年に『うろんなところ』という作品を【日本映画スプラッシュ】部門で上映していただきまして、すごく良い経験をさせていただいて、その後も観客として映画祭には足を運んでいましたが、やはり「もう1回、自分の作品を上映してもらいたい」という気持ちはあって、「できればコンペで」とこっそり思っていたので(笑)、願いがかなって嬉しいです。

三島:今回、コンペティションに選んでいただけたことは、私にとって新しいスタートに立てたような歓びがあります。『男ともだち』は、11本目の長編映画です。原作を読んで映画にしたいと思っていた6年前、運命的にも杉本プロデューサーからお声がけをいただきました。その後、『一月の声に歓びを刻め』という自主映画を作りました。これは、自分の性被害をテーマにした作品で、ある意味、自分自身のパンドラの箱を開けてしまった作品でもありました。そのパンドラの箱の底に光はあるのか。あるのかどうかも分からない光を見つめたい。その思いが、『男ともだち』を作るうえでの大きな原動力にもなりました。

インディペンデントの制作を経て、今回は多くの方の心に深く届く映画を目指し、ご出資をいただきながら、自分の作家性も存分に追求できました。その挑戦から生まれた『男ともだち』を、こうして世界中の映画人と映画を愛する皆さまに観ていただけることを、とても嬉しく思っています。

山本:まずコンペティション部門に選んでいただけたのが、すごく嬉しいなと思っています。ラインナップを拝見していて、僕が学生の頃から知っているような監督もいらっしゃるコンペティションの中に、自分が撮った映画も含まれているというところに、やっぱりすごく自信もつきました。

先ほど、三島さんも出資の話をされていましたが、僕もやはり、そこには違いはあるような気がしていて、自分はいままで、インディペンデント寄りでやってきたので、今回、出資をしていただき、原作がある作品を自分の手で映画化していく中で、自分として大切にしていることをふんだんに盛り込んだ作品なんですけど、そうして完成した『過怠』という映画を東京国際映画祭で上映していただけるということは、自分の中でひとつの区切りになりそうな気がしています。いままでとはちょっと違うラインに入ってきたんじゃないのか? ということを感じました。

三島:市山(尚三/プログラミング・ディレクター)さんって、監督にとってのそういう転機を見つめてくださっているように感じます。

山本:前作の『熱のあとに』という作品は、東京フィルメックスで上映させてもらったんですけど、やっぱりフィルメックスと東京国際映画祭では系譜が違いますよね。どちらも素晴らしい映画祭ですけど、フィルメックスにはない部分が、東京国際映画祭があって、東京国際映画祭にはない部分がフィルメックスにある。その2つの映画祭に、前作と今作で行けたということは自分の中ですごく意義があるなと思っています。

――少しお話に出ましたが、映画祭の魅力や意義というのはどういう部分にあると思いますか?

三島:私にとって東京国際映画祭は、2016年に『少女』という映画をJAPAN NOW部門で上映していただいたのが最初です。その時、選出理由やQ&Aなどを通して、自分が大切にしてきた表現の中にある作家性を映画祭の方々が見つけ、それを言語化してくださったことが、とても大きかったんです。「自分の作家性を発見できた場所」であり、「映画の国に入れてもらえた場所」でもある。そのおかげでここまで映画を作り続けてこられたと心から感謝しています。

2017年には同じ部門で『幼な子われらに生まれ』を上映いただきました。モントリオール世界映画祭での上映を皮切りに、東京国際映画祭を経て、イギリスや台湾、ベルギー、フランスなど、さまざまな国で上映していただく機会に恵まれました。映画が国境を越えて世界に広がっていく。その可能性を感じた場所でもあります。

映画を長く観続けてきた方、長く作り続けてきた方、そしてキャリアをスタートしたばかりの新人監督。さまざまな人たちが集まって、いま世界がどういう状況で、私たちは何を心にとどめ、何を映画として発信していくのか。あるいは、映画を作る困難さまで、映画を真ん中に語り合える。それが、とても幸せだなと感じます。

池田:僕は映画祭への参加自体、ぴあフィルムフェスティバルから始まっていて、ロッテルダムやバンクーバーに行かせてもらって、そこからやっと映画をつくっていけるような気がしてきたというところがあります。それまで自主映画をやっている時は、先が見えない状況で、映画祭で認められることで「やっぱり、自分は映画をつくっていこう」みたいなことを思えたんですよね。映画をつくっている人間にとって、映画祭というのは「この先の未来をつなげてくれる存在」という部分があると思います。

山本:映画祭によって、作品を見てくださるお客さんの層というのは多少、違っているような気がしていて、自分の映画をいままで見たことがないという方にも、見ていただけるきっかけになると思っています。それは、映画祭のすごく大きな魅力であり、僕がこれまで出会っていない方、まだこの映画に出会っていない方に出会ってもらえる機会ができるのは、すごく楽しみです。

特に今回の『過怠』という作品は、韓国と日本を舞台にした映画ではあるんですが、描かれているのは、普遍的な国と国の距離であったりと、家族の在り方であったりします。普段、自分の映画を見る機会がない方にも、触れていただきたい映画なので、広く窓口を広げてくれる東京国際映画祭で上映していただけるっていうのは嬉しいですね。

三島:私はお2人とは少し違う道を歩んできたのかもしれません。大学時代には自主映画を作っていましたが、その後、NHKでドキュメンタリーを経験し、東映京都撮影所で6年ほど助監督を務めて、商業映画の監督としてデビューしました。

その中でずっと大切にしてきたのは、いかに自分の表現を深めていくか、ということでした。制約もありましたが、その中だからこそ発見できた表現もあって、1本1本、作家性のグラデーションを濃くしていくような映画作りをしてきたんです。

前作では、商業映画の枠組みを離れてインディペンデントで制作し、今回はその経験を携えて、再び商業映画の中で、作家性を濃厚に表現することができた。自分にとっても新しいフェーズが始まったというタイミングでコンペティションに選んでいただけたことに、年齢やキャリアにとらわれない東京国際映画祭の懐の深さを感じます。

――海外の映画祭も知るみなさんに、おススメの“映画祭の歩き方”を教えていただければと思います。

池田:ロッテルダムとか他の国の映画祭に行った時のことを思い返すと、意外と街をフラフラしたりしたことがすごく印象に残っているんですよね。意外と何の映画を見たかは覚えていなくて(笑)。街のことやそこで出会った人のことの方が覚えてるんですよね。それは、お客さんのみなさんにとっても同じだと思います。映画を見るだけでなく、隙間でどんなことができるのか? という楽しみ方ができると面白いと思います。

三島:私は映画祭に行く時、できるだけ長くその街に滞在するようにしています。映画を楽しみながら、早朝にはロケハンのように、美しい光を探して街を歩く。そうすると、物語が頭の中で生まれ、映画を観てくれた街の人たちとの出会いも生まれるんです。

出会いは、必ずしも私たちのような作り手だけじゃなくても生まれていくもので、同じ映画を見た人同士がバーで飲んだり。ベルギーのゲントという小さな街の映画祭に行った時は、映画館の横にバーがあって、朝まで開いていて、観た映画についてみんなずっとしゃべってるんですよね。自分の映画の感想だけでなく、日本の映画監督の「黒沢清が」とか「北野武は…」とか話しかけられたり、語り合ったりしました。

あとはやはり、そこでしか観られない映画との出会いもあります。去年上映された『パレスチナ36』も印象深い作品でした。いま世界で何が起きているのかを、映画を通して実感できる貴重な機会でもあります。今年はおふたりのコンペ作品に加えて、谷崎潤一郎好きとしては「瘋癲老人日記」を映画化したウェイン・ワン監督の『Diary of a Mad Old Man(原題)』も楽しみにしています。

山本:僕は、1日に2本以上見るというのが、映画祭ならではの楽しみ方だなと思っていて、普段は映画を見るとなると、たいてい1本ですよね。でも映画祭だと、立て続けに2本見られちゃうんです。

違う作品を2本見ることで、それぞれの作品に対して影響を与える瞬間って何かあるんですよね、不思議なことに。全く違う作品なんだけど、2本見たことによって、相乗的に生まれる感覚っていうのがある。そういった楽しみ方をやっぱりしてもらえたら嬉しいですね。

あとは、僕が映画祭で毎回やるのが、何の情報もない映画を見るということです。有名な監督とか。 みんなが「良い」と言っていた作品ではなくて、本当にフィーリングであらすじやタイトル、製作国などを見て、なんとなく「これ見ようかな」という感じで選んでみる。そこに思わぬ出会いがあったりして、そうするとその映画が自分で見つけた特別な作品になると思うし、それが何年も経っても残っていたりするんですよね。

池田:普段なら絶対に見なさそうな映画を見てみたら、意外と面白かったりして、発見があるんですよね。5本とか6本、頑張って見てみたり…。

三島:1日で? 6本は行ったことない(笑)。

池田:見終わる頃にはボロボロになるんですけど、そんな自分も好きだし、最初に見た映画のこと、全然覚えてなかったり(笑)。

三島:あとはイベントもありますよ! 山田洋次監督や黒沢清監督のマスタークラスを聞かせていただき、とても勉強になりました。

――最後にご自身のコンペティション出品作品について、映画祭を楽しみにされている方に向けてメッセージをお願いします。

池田:今回の『妖怪、化物をひろう』という映画は、台湾の金門島という小さな島で撮りました。スタッフは僕とカメラマンさんとプロデューサー以外、みなさん、台湾の方たちで、僕は7割くらい台湾映画だと思っています。島の風景なども含めて、台湾らしさを感じられる作品になっているので、ぜひ楽しんでいただければと思います。

三島:『男ともだち/Two Cigarettes, Three Nights』という作品は、何を描きたいのかを見失ったひとりの女性と、彼女に寄り添う男ともだちの物語です。京都、富山、そして広島。ふたりがともに過ごすかけがえのない時間の中で、言葉にできない感情や、人と人が寄り添うことの難しさと愛おしさを見つめたいと思いました。

やがて灰になる二本の煙草と、三つの夜。それは、ひとりの女性が自分の眼で世界を見るまでの旅でもあります。自分自身に向いていた眼差(まなざ)しが、世界へと開かれていく。その瞬間を、松岡茉優さんが人間の醜さや弱ささえも、美しく感じられるような表現で見せてくださいました。その姿を成田凌さんが受け止め、スタッフのみんなとともに映画にしてくれました。2026年のいま、ふたりの間に流れる時間を、そして、その先に見えてくる世界を、ぜひスクリーンで感じていただけたら嬉しいです。

山本:僕も今回『過怠』という作品で、韓国ロケをさせてもらって、韓国のスタッフの方や韓国のキャストの方にも協力してもらってできた映画なので、日本だけではない、普段の映画にはない風通しの良さみたいなものが、映画の中に含まれていると思っています。

今回、谷村志穂さんの原作小説があったからこそ、取り組むことができた要素がいくつもあって、劇中に出てくる不妊治療といったテーマも、自分は男性なので、これまでなかなか向き合う機会がなかったんですけれども、今回、向き合うことができました。

あとはやはり、主演の唐田エリカさんと知英さんが画面の中に映っている姿には、本当に心を揺さぶられるものが、ものすごくあって、僕自身、何度も感動しました。お2人の姿をぜひ見ていただきたいです。
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